規格書に「ダブルDリングであること」と書いてある──あの金具が消えない理由
あご紐の留め具ダブルDリングは、FIMのレース用ヘルメット規格FRHPheの原文で、装備が要件として明記されています。規格の原文と、コメント欄でご指摘を受けた「緊急時」の話の訂正をまとめます。
「毎回触っているのに、名前を知らない」
ヘルメットのあご紐の先に付いている、D字の金属の輪っか2つ。これがダブルDリングです。
この記事で確かめたいのは、この金具が「古いのに、なんとなく使われ続けている」のではないという点です。最高峰レースの規格書に、これを装備することが条件として書かれています。
FIM(国際モーターサイクリズム連盟)のレース用ヘルメット規格「FRHPhe」の原文を引用します。
a retention system with a strap and the double D-ring closing system must be present. (あご紐と、ダブルDリング式の締結システムを備えていなければならない)
「古くても使ってよい」ではなく、「これでなければならない」。順番に見ていきましょう。
仕組みは、輪っか2つと摩擦だけ
D字の金属リングが2枚。あご紐をその2枚にまとめて通し、折り返して、1枚目と2枚目のリングの間にもう一度通す。構造は、それで全部です。
可動部品はありません。バネも、ツメも、ラチェットの歯もない。
そして、ここが肝心なところです。紐が引っぱられるほど、2枚のリングの間で紐が強く挟まれて、摩擦が増えます。
体で考えると分かりやすいと思います。転倒してヘルメットに脱げる方向の力がかかったとき、その力はあご紐を引っぱる力になります。ダブルDリングは、その力自体を「締まる力」に変換しているわけです。外そうとする力が、留める力になる。
壊れる場所が無いことに加えて、もうひとつ利点があります。素材が布と金属だけなので、劣化が目で見える。 紐のほつれ、リングの変形。確認すべき場所が、全部表に出ています。
FIMの規格書に、名指しで書いてある
FIMは、レース用ヘルメットの独自認証「FRHPhe(FIM Racing Homologation Programme for helmets)」を運用しています。FIMのサーキットレースに出るための、ヘルメット側の資格です。
その認証マニュアル(FRHPhe-01)には、対象となるヘルメットの条件として、こう並んでいます。
- フルフェイスであること。 チンガード(あご部分)は取り外し・可動が不可で、帽体と同じ素材であること
- 帽体は継ぎ目のない一体構造(one piece)であること
- そして、あご紐はダブルDリング式であること
試験の条件まで具体的です。衝撃試験の際、あご紐は75±5N(おおむね7〜8kg相当)の張力で締めた状態にする、と定められています。
さらにFIMの公式発表では、認証済みヘルメットの証であるFIM認証ラベルは、あご紐に縫い付けられるとされています。認証の証明が置かれる場所が、まさにこの金具のすぐそばというわけです。最新版のFRHPhe-02は、2026年からFIM選手権で義務化と公表されています。
つまり、こういうことです
ダブルDリングは「進化から取り残された金具」ではありません。 長い年月をかけて、壊れ方も劣化の仕方も知り尽くされた構造であり、 最高峰のレースが「これでなければならない」と指定し続けている構造です。 変わらないことが、そのまま実績になっています。
ラチェット式が劣っている、という話ではありません
ここは丁寧に書いておきます。普段ラチェット式(差し込み式)をお使いの方も多いのではないでしょうか。
ラチェット式には、片手で留められる、グローブのままでも扱いやすい、長さを微調整しやすいという、街乗りでの明確な利点があります。一方で可動部品がある分、壊れ方はDリングより複雑になり得ます。
コメント欄でも、意見はきれいに割れました。「ラチェットは首に当たって邪魔」という声がいちばん多くのいいねを集めた一方で、「ツーリングではラチェット一択」という声もあります。装着感は首やあごの形との相性で、どちらが正しいという話ではなさそうです。
選ぶ軸を並べておきます。
- サーキットを走る → 主催者の車検規定に従ってください。Dリングが条件になっている場合があります
- 街乗り・通勤で着脱が多い → ラチェットの利便性は実利です
- 同じヘルメットを長く使う → 劣化が目で確認できるDリングの分かりやすさが効いてきます
コメント欄から──「緊急時」の話の訂正
この動画には139件のコメントをいただきました。最初に、訂正から書きます。
適当な事言ってるな。エマージェンシーレバーで内装外しても顎紐は取れねーぞ。
ご指摘の通りです。 動画では緊急時の仕組みに触れましたが、正確さを欠いた伝え方でした。SHOEIの公式説明では、緊急脱着システム(E.Q.R.S.)は「チークパッドを外部から引き抜くことでヘルメット開口部を広げ、頚部への負担を最小限に抑えつつ容易にヘルメットを取り外すことを可能とした」仕組みです。
つまり、引き抜くのは内装のチークパッドであって、あご紐が外れる機構ではありません。 あご紐そのものをどう処理するかの手順は、今回確認できた公式ページには記載がなく、製品の取扱説明書に委ねられています。「レバーひとつで全部外れる」わけではない、というご指摘はその通りでした。
ラチェットはクビに当たって邪魔なんよなあ…
最多のいいねが付いたのは、規格の話ではなく装着感でした。同趣旨の「いくら調整しても喉に当たる」という声が複数ある一方、「ツーリングではD環は面倒、ラチェット一択」という声もあります。バックルの厚みが当たるかどうかは、首の形と顔の骨格との相性です。店頭でヘルメットをかぶるとき、あご紐を実際に締めて数分過ごしてみると、この差は自分で確かめられます。
軍用として100年くらい前からあると思うけど
Dリングの起源については、この記事では一次資料に到達できていません。 確認できたのは、現行のFIM規格に要件として明記されていることと、その構造上の理屈までです。起源の資料をご存じの方がいれば、ぜひ教えてください。
いま、現物で確かめられること
- 自分のあご紐の留め具がどちらの方式か。 意外と即答できない方が多いはずです
- Dリングなら、締めた状態であごを引いてみて、紐が滑らないか
- 紐のほつれ、リングの変形が無いか。 劣化が見えることが、この方式の利点そのものです
- FIM認証のヘルメットをお持ちなら、あご紐に縫い付けられたラベルを探してみてください
出典
引用元
- FIM「FRHPhe-01 Homologation Manual」(02/2019・PDF)(a retention system with a strap and the double D-ring closing system must be present/帽体はone piece(継ぎ目なし)/チンガードは着脱・可動不可で帽体と同素材/衝撃試験時のあご紐張力75±5N/認証ラベルはFIMが交付):fim-moto.com
- FIM公式ニュース「Circuit Racing helmets:FRHPhe-02」(the mandatory presence of the FIM homologation label sewn on the chin strap/will be mandatory in 2026 in FIM championships/quick-removal cheek pad test):fim-moto.com
- SHOEI公式FAQ「E.Q.R.S.とは何ですか」・「内装|Active Safety」(チークパッドを外部から引き抜くことでヘルメット開口部を広げ、頚部への負担を最小限に抑えつつ容易にヘルメットを取り外すことを可能とした/専用リボンを引く操作):shoei.com
確認できていないこと
- FIM認証ラベルのQRコード。動画の概要欄ではQRコード付きと紹介しましたが、今回あたった一次資料で確認できたのは「あご紐に縫い付けられる」ことまでです
- ダブルDリングの起源(軍用由来とする説)
- 公道用の安全規格(SG・JIS等)が留め具の形式を指定していないことの、規格原文での網羅的な確認
- E.Q.R.S.使用時にあご紐を切る・ほどくといった手順の公式原文。製品の取扱説明書に記載されているとみられますが、原文は未確認です
本記事のチェックポイント
- FIMのレース規格FRHPheは、ダブルDリング式のあご紐を要件として明記しています
- 構造はリング2枚と摩擦だけ。 引かれるほど締まり、壊れる場所がありません
- 劣化が目で見えることも、この方式の実用的な利点です
- ラチェット式は街乗りの利便性で明確に優れます。 用途で選ぶ話です
- 緊急脱着システムが外すのはチークパッドで、あご紐ではありません(動画の訂正)
