ゲルグリップの「二重構造」が引き受けている仕事──そして、しびれが続くときに疑うこと
柔らかくすれば手は楽になるが、操作はぼやける。この矛盾をどう処理しているのかを、デイトナの公式仕様で確かめます。あわせて、厚生労働省の振動障害の枠組みと日本整形外科学会の資料から、グリップで解決しないしびれの見分け方を整理しました。
「ツーリングの後半、手がしびれて握力が残っていない」
長距離を走るライダーなら、一度は通る悩みだと思います。対策として真っ先に挙がるのがゲル入りグリップです。数千円で、工具も最小限で済む。
ただ、ここには素直に受け取れない事情があります。グリップを柔らかくすれば手は楽になりますが、同じだけ操作はぼやけます。 アクセルの微妙な開け閉めも、フルブレーキング時の支えも、手とハンドルの間に柔らかいものが挟まるほど曖昧になる。「効く」ことと「使える」ことが、真正面からぶつかる部品なのです。
いま売られているゲルグリップは、この矛盾を構造を二層に分けることで処理しています。この記事では、まずそこを公式仕様で確かめます。そのうえで、グリップを替えても消えないしびれについて、公的機関の資料から線を引きます。動画では商品の紹介に寄せましたが、そこは触れられませんでした。
二重構造が分けている、2つの仕事
この記事で材料にするのは、動画で紹介したデイトナ扱いのPROGRIP耐振GELシリーズの公式仕様です。ゲル入りグリップは他社からも出ていますが、本記事はこのシリーズについて書いたものとお読みください。同社の製品ページには、こうあります。
アウターラバー(ソフト)&インナーラバー(ハード)の二重構造グリップで手の疲労軽減に効果を発揮!!ハードなブレーキングを行なうレースやスポーツ走行にも耐える適度な硬さとやわらかさを兼ね備えオールラウンドに使用可能なグリップです。
外側は柔らかく、内側は硬い。 一本のグリップの中で、硬さを分けています。
公式の説明は、ここまでです。 「どの周波数をどれだけ減らすか」「どちらの層が何を受け持つか」は書かれていません。以下は、この構造から読める話として書きます。
体で何が起きているかに翻訳します。
手がグリップに与えている力は、二種類あります。
- 握って支える力——車体を保持し、アクセルを回し、ブレーキで前に投げ出される体を受け止める力。大きくて、ゆっくりしています
- 細かく揺さぶられる力——エンジンと路面から来る震え。小さくて、速い
柔らかい材料は、小さくて速い入力をよく吸います。 その代わり、大きくてゆっくりした力を加えると、ぐにゃりと潰れて逃げる。これが「操作がぼやける」の正体です。
二重構造は、ここを分業させています。大きな力は、潰れない内側の硬い層が受け止める。 アクセルを回した分はきちんと回り、ブレーキで踏ん張っても芯が残る。細かい震えは、手に触れている外側の柔らかい層が受け持つ。 デイトナが「適度な硬さとやわらかさを兼ね備え」と書いているのは、二つの硬さを同時に持たせた、という意味です。
動画で挙げた724と601の違いについて
動画では724を定番、601をスポーツ走行向けとして紹介しました。ただ、デイトナの公式仕様を並べると、公開されている諸元に差がありません。
| #724 | #601 | |
|---|---|---|
| シリーズ | 耐振GEL | 耐振GEL |
| 全長 | 120mm | 120mm |
| 内径(左/右) | Φ22/Φ25 | Φ22/Φ25 |
| 対応ハンドル | Φ22.2 | Φ22.2 |
| 素材 | 耐震ゲル | 耐震ゲル |
公開されている寸法と素材は同一で、カタログ上の違いは表面のパターンと形状です。 なお、グリップ中心部の外径(Φ30)は#724のページにだけ記載があり、#601のページには載っていません。握りの太さや形状には差がある可能性があります。
いずれにせよ、「724は定番、601はスポーツ走行向け」という区分を裏づける公式の根拠を、見つけられませんでした。 性能差があるともないとも、公式仕様からは判断できません。動画の言い方は、確認できていないことを言い切っていました。
振動は、強さとばく露時間の両方で決まる
ここからは、装備の話から一歩引きます。
手に伝わる振動をどう評価するかについては、日本に公的な枠組みがあります。労働衛生の分野です。厚生労働省は、チェーンソーやグラインダーなどの振動工具について、日振動ばく露量A(8)という指標で管理するよう求めています。
計算式はシンプルです。
A(8) = a × √(T/8)
aは振動の強さ(周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値、単位はm/s²)、Tは1日にその振動を浴びる時間(単位は時間)。A(8)もm/s²で表されます。 そして、
- 日振動ばく露限界値:5.0m/s²
- 対策値:2.5m/s²
という線が引かれています。測定はISO 5349-1に準拠し、対象周波数は8Hzから1000Hz。単純な大きさではなく、手腕振動用の周波数補正曲線で重みづけしてから評価します。
ここが大事なところです。 式を見れば分かるとおり、強さ(a)を下げても、時間(T)を減らしても、A(8)は下がります。 単純な掛け算ではなく、時間は平方根で効くので、時間を半分にしても値は約0.71倍にしかなりません。 それでも、下げる手が2つあることに変わりはありません。
そして、ゲルグリップが触れるのはa側だけです。
T側は、乗り方でしか変わりません。 厚生労働省が挙げている留意事項も、道具の話だけではありません。
適切な暖房設備を有する休憩室などを設けること。/防振手袋、耳栓などの保護具を支給し、使用させること。/手、腕、肩、腹などの運動を主体とした体操を行うこと。
暖かい場所で休む。手袋を使う。手を動かす体操をする。 振動障害の発生要因として、厚生労働省は振動そのものに加えて「作業時間などの作業要因、寒冷などの環境要因」を挙げています。寒さは、単独で悪化要因として数えられています。
この枠組みは、バイクを想定したものではありません
正確を期すために書いておきます。厚生労働省の振動障害対策が対象としている工具の一覧に、オートバイは含まれていません。 チェーンソー、さく岩機、コンクリートブレーカー、サンダー、インパクトレンチなどが並ぶリストです。
ですから、バイクのA(8)がいくつになるのかを、本記事では確認していません。 計算もしていません。
それでも紹介したのは、「強さだけでなく、浴びた時間も効く」という考え方と、寒さが悪化要因に数えられているという点が、考える枠組みとして役に立つからです。
逆に、工具向けの管理値をツーリングの安全・危険の判定に持ち込むことはできません。 5.0や2.5という数字は、あくまで振動工具を使う労働者の作業管理のための値です。
しびれが「続く」なら、グリップの話ではありません
コメント欄に、返信を含めて9件、手のしびれや治療に触れた書き込みがありました。そのうちのひとつは、長年の運転の末に手術に至ったという内容でした。具体的な症状や治療の記述があったため、ここでは引用ではなく要旨として扱います。
この種の話に、装備の記事が安易に答えてはいけないと考えます。公的な資料で言えることだけ書きます。
日本整形外科学会は、手根管症候群についてこう説明しています。
- しびれるのは、母指(親指)から環指の母指側まで3本半の指。正中神経が支配している範囲です
- 明け方に強く出る。 目を覚ますと手がしびれ、痛む
- 手を振ったり、指を曲げ伸ばしすると楽になる
- 進行すると母指の付け根(母指球)がやせて、母指と示指できれいな丸(OKサイン)ができなくなる
そして原因について、重要な記述があります。
特発性というものが多く、原因不明とされています。 妊娠・出産期や更年期の女性が多く生じるのが特徴です。そのほか、骨折などのケガ、仕事やスポーツでの手の使いすぎ、透析をしている人などに生じます。
原因は特定できないものが多い、と学会が書いている。 つまり、手のしびれが続いているからといって、それがバイクの振動のせいだとは限らないということです。どう対応すべきかは、原因が何かによって変わります。 そしてその切り分けは、診断でしかできません。
ここで、症状から「装備の問題」と「病気」を振り分ける表を作りたくなりますが、それはできません。 学会の資料にそういう判別基準は載っていませんし、たとえば「手を振ると楽になる」は、手根管症候群の側の特徴として挙げられているものです。軽くなるから装備の問題だ、とは言えないわけです。
書けるのは、学会が受診を求めているという一点だけです。
上記の症状があるときは整形外科医に相談してください。
しびれが続くなら、グリップを買い替えて様子を見るより先に、整形外科です。 装備でどうにかする話かどうかも含めて、そこで分かることだからです。
動画では、ここに触れられませんでした。 商品を紹介する尺の中で、「それでは解決しない場合がある」と言うべきだった、というのが正直なところです。
いま、現物で確かめられること
買う前にガレージで確認できることが、いくつもあります。ここを飛ばすと、届いてから付かないことが分かります。
ハンドルの太さ
- PROGRIPの耐振GELシリーズはΦ22.2mmのハンドル用です
- デイトナは「1インチ(Φ25.4)ハンドル車には取り付けできません」と明記しています。アメリカンやハーレー系に多い太さです。 ノギスがなければ、円周をメジャーで測って3.14で割れば概算が出ます
左右で内径が違う
- 内径は左Φ22/右Φ25。右はスロットルスリーブの上にかぶせるので太いわけです。左右を取り違えると入りません
純正グリップの長さを測る
- 標準的な#724/#601は全長120mm、原付向けの#724Miniは115mmです
- デイトナは「ハンドルグリップの長さは、製品上の誤差によって±5mm前後のばらつきがあります」とも書いています。ぴったり詰めたい人は、この幅を見込んでおく必要があります
エンドが貫通か非貫通か
- バーエンドウェイトを付けている車両は「貫通タイプ」でないとボルトが通りません。#724Miniには非貫通もあります。いま付いている物を外して、穴が空いているかどうかを見ておくのが確実です
スロットルスリーブのリブ
- デイトナの注記です。「純正スロットルスリーブがリブ付きの構造の場合、スロットルスリーブを適合する当社FLATスロットルスリーブに交換するか、リブを削って取り付けてください」
- 右グリップの中にある樹脂の筒に、縦の突起があるかどうか。 ここを見ていないと、当日作業が止まります
- 右側を組み直したら、アクセルが最後まで戻ることと、遊びの量を必ず確認してから走り出してください
接着剤は専用品が要る
- これがいちばん見落とされます。 デイトナは「ハードGEL及び耐振GELの材質は溶剤に弱いため、エポキシ樹脂製の専用グリップボンドが必要です」と書いています
- 裏を返すと、溶剤を含むタイプの接着剤は避けるということです。同社は自社品(93129)の使用を案内し、「セーフティワイヤーを併用するとより効果的です」とも添えています
- 同社の93129は初期硬化30分・完全硬化24時間、使用可能温度は85℃までとされ、「熱のかかるホットグリップには使用不可」と明記されています。グリップヒーターに使うなら、別の耐熱接着剤が必要です
- 完全硬化まで24時間かかるということは、貼ったその日に走る前提で組まないほうが安全だということです
グリップヒーターが付いているなら、そもそも交換できません
- 純正グリップヒーターや、発熱体がグリップと一体になっている社外品の場合、ゲルグリップに替えることは、そのヒーターを外すことを意味します。コメント欄でもこの指摘が7件ありました
- ハンドルに巻きつけて使うタイプのヒーターなど、製品によっては事情が異なります。 お使いの製品の説明書で確認してください
関連する道具
この記事を読んで実際に替える方のために、買い間違いが起きやすい部分を書き添えておきます。
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PROGRIP 耐振GELシリーズ(ゲルグリップ)
Φ22.2ハンドル専用で、1インチ(Φ25.4)車には付きません。内径は左Φ22/右Φ25で左右が別物です。バーエンドウェイト装着車は貫通タイプを選んでください。発熱体がグリップと一体になったグリップヒーターを使っている場合、これに替えるとそのヒーターは外すことになります。なお商品名がサイトによって「耐振GEL」「耐震GEL」の両方で表記されているため、見つからないときは両方で検索してみてください。
価格・在庫・適合は変わります。購入前に販売ページでご確認ください。
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エポキシ樹脂系グリップボンド
ゲル素材は溶剤に弱いため、専用品が必要です。デイトナの93129は初期硬化30分・完全硬化24時間、使用可能温度はMAX85℃で、公式に「熱のかかるホットグリップには使用不可」と明記されています。グリップヒーターに使う接着剤は別物になります。グリップ本体と同時に用意しておかないと、取り付け当日に作業が止まります。
価格・在庫・適合は変わります。購入前に販売ページでご確認ください。
コメント欄から
この動画のコメント欄は、商品紹介に対する反論が主役でした。そこを避けずに扱います。
いちばん支持されたのは「結局、純正に戻す」
最も支持を集めたのは、社外グリップを否定する内容でした。
でも結局、ホンダの純正グリップに戻す自分
純正を推す趣旨の書き込みは、返信を含めて10件あります。理由として挙げられていたのは、耐久性と、車体に合わせて設計されているという点でした。
耐久性については、メーカーの公表値を見つけられませんでした。 純正とゲルグリップで寿命がどちらが長いかは、本記事では確認できていません。 ここで紹介するのは、あくまで使った方の実感です。次の指摘も、同じ論点に触れています。
それでも耐久性はある程度犠牲になる。交換時期が早まるくらいなら、振動を抑えるならハンドルバーウエイトを少し重めのやつに交換した方がいいかな。
バーエンドウェイトのほうが効くという指摘は、返信を含めて3件ありました。これは、狙っている場所が違う話です。
- グリップ:手とハンドルの間に入って、伝わり方を変える
- バーエンドウェイト:ハンドルそのものの揺れ方を変える
どちらが効くかは、車両・製品・走り方によって変わります。 本記事では比較していません。確かなのは、作用している場所が別だということだけです。仕組みはバーエンドウェイトの記事で詳しく扱っています。ハンドルブレースについても同じ整理が必要で、そちらはハンドルブレースの記事にまとめました。
代用品が10件
バーテープ、スポンジ、テニスのグリップテープ、生ゴム——手持ちのもので済ませる案が、返信を含めて10件ありました。
考え方としては、二重構造と同じ方向を向いています。 硬い純正グリップの上に柔らかい層を足す、というのは、外柔・内硬をあとから作っていることになります。
ただし、グリップの外径が太くなります。 手が小さい方は握りが浅くなり、かえって力が入りやすくなることがあります。それと、巻いたものが走行中にずれない固定は必ず必要です。
「握りすぎではないか」
少数(2件)ですが、そもそも握る力が強すぎるのではないかという指摘がありました。
握る力が強すぎることが効いている場合、グリップを替えるだけでは足りない可能性があります。 ただし、原因が握力なのかどうかを自分で確定することはできません。
それでも、信号待ちで力を抜いて、手のひらを軽く添えた状態でアクセルが保持できるかを試してみるのは、お金がかからない上に、ポジションやレバー角度を見直すきっかけにはなります。
出典
引用元
- 株式会社デイトナ 製品ページ「PROGRIP 耐振GELシリーズ #724(全長120mm/Φ22.2ハンドル用)」— 二重構造の説明、全長・内径・グリップ中心部外径・素材、エポキシ樹脂製専用グリップボンドの必要性、スロットルスリーブのリブに関する注記、1インチハンドル非対応、長さの公差
- 株式会社デイトナ 製品ページ「PROGRIP 耐振GELシリーズ #601(全長120mm/Φ22.2ハンドル用)」— #601の寸法・素材
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「振動障害[安全衛生キーワード]」— 振動障害の定義、対象となる振動工具の一覧、発生要因(作業時間・寒冷等)、予防対策と留意事項
- 厚生労働省「振動工具の『周波数補正振動加速度実効値の3軸合成値』の測定、表示等について」(平成21年7月10日付け基発0710第3号)ほか同日付の振動障害予防対策関連通達 — 日振動ばく露量A(8)の考え方、限界値5.0m/s²・対策値2.5m/s²、ISO 5349-1に基づく測定
- 公益社団法人 日本整形外科学会「手根管症候群」— 症状・しびれの範囲・好発時間帯・原因(特発性が多い)・診断・治療、受診の呼びかけ
確認できていないこと
- オートバイ走行中に手が受ける振動の大きさ。 本記事では測定値を確認していません(対象工具の一覧にオートバイが無いことは、測定や知見が存在しないことを意味しません)。工具向けの管理値をツーリングの安全・危険の判定に使うことはできません
- ゲルグリップを装着した場合に振動が何%減るか。 デイトナは「手の疲労軽減に効果を発揮」と書いていますが、振動の低減率は公表されていません
- ゲルグリップと純正グリップの寿命の優劣。 メーカーの公表値を確認できていません。本記事でそれに触れた箇所は、視聴者の経験談として扱っています
- 二重構造がどの周波数をどれだけ減らすのか、どちらの層が何を受け持つのか。 デイトナが公表しているのは構造と「手の疲労軽減」までで、本記事の仕組みの説明はその構造から読める範囲の話です
- 本記事は特定の症状について診断・治療を述べるものではありません。しびれが続く場合は整形外科を受診してください
本記事のチェックポイント
- 公式が書いているのは、アウターが柔らかくインナーが硬い二重構造で、手の疲労軽減に効く、というところまで。どの振動をどれだけ減らすかは公表されていない
- 手に入る振動は強さだけでなく、浴びた時間でも変わる。グリップが触れるのは強さ側だけで、時間側は休憩の取り方でしか動かない。寒さは悪化要因として公的資料に挙がっている
- 症状だけで「装備の問題」か「病気」かを振り分けることはできない。しびれが続くなら、日本整形外科学会が書いているとおり整形外科へ
- 買う前に測るのはハンドル径(Φ22.2か1インチか)・左右の内径・全長・エンド貫通の有無・スロットルスリーブのリブ。接着剤はゲル専用品が要る
- 発熱体一体型のグリップヒーターを使っているなら、替えることはそのヒーターを外すことになります
