傾けただけでは曲がらない──セルフステア・逆操舵・インプッシュを一度で整理する
バイクは車体を傾ければ勝手に曲がる——半分正しく、半分足りない言葉です。曲がりの主役はハンドルが切れること。セルフステアの仕組み、逆操舵が「曲げる技術」ではなく「倒す技術」である理由、そして曲がらない原因の正体インプッシュまで、押し歩きで確かめられるところまで整理します。
「バイクは傾ければ勝手に曲がる」
教習所でも、バイク仲間との会話でも、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。この言葉、半分は正しくて、半分は足りません。ハンドルを固定したまま車体だけ傾けても、バイクは曲がらないからです。
セルフステア・逆操舵・インプッシュ。この3つを60秒の動画で駆け足に説明したところ、いちばん多かった反応は「言葉だと難しい」でした。そのとおりだと思います。この記事では、順番を崩さずに、ひとつずつほどいていきます。
バイクは「ハンドルが切れる」から曲がる
まず土台から。二輪が旋回するのは、前輪の向きが変わり、進む方向が変わるからです。
ヤマハ発動機の公式ブログは、セルフステアをこう説明しています。
コーナーでバイクを傾けると、ハンドルは自然に曲がる方向へ切れ込んでいく。これがセルフステアリング(セルフステア)と呼ばれる現象。
つまり「傾ければ曲がる」が実際に意味しているのは、傾けると、ハンドルが勝手に切れてくれるということです。傾きは曲がりの引き金であって、曲がりそのものではありません。だからハンドルを固定して傾きだけ与えても、バイクは曲がらないわけです。
バイク専門誌で編集長を務めた小川勤さん監修のクシタニの連載でも、バイクは車体を傾けて曲がる乗り物で、Uターンのような例外を除けば、ライダーが自分からハンドルを切って曲がることはない、と整理されています。ライダーの仕事は切ることではなく、切れようとするハンドルを邪魔しないことです。
逆操舵は「曲げる技術」ではなく「倒す技術」
ここからが動画の本題でした。ジムカーナやレースの世界で使われる逆操舵(逆ハンドル)です。
逆操舵とは、曲がりたい方向とは逆へ、一瞬だけハンドルに入力する操作のこと。「切る」といっても、ヤマハ発動機の解説によれば、その舵角はコンマ数度から2度程度とごく僅かで、逆側のグリップを軽く「押す」と言ったほうが感覚に近いとされています。これで何が起きるかを、順番に追います。
- 右コーナーの手前で、右のグリップを一瞬だけ軽く前へ押す(前輪はごく僅かに左を向く)
- タイヤの接地点だけが左へ移動し、車体の上側は取り残される
- その結果、車体は右へ——曲がりたい側へ素早く深く倒れる
- 倒れた右側へ今度はセルフステアが働き、一瞬遅れてハンドルが右へ切れて、旋回が始まる
大事な注意をひとつ。これは一瞬の入力であって、左へ切ったまま保持する操作ではありません。切ったまま固めると、次の章のインプッシュになります。
注目してほしいのは、逆操舵が担当しているのは4のひとつ手前までだということです。逆操舵が作るのは旋回のきっかけとなる「倒れ」までで、旋回を受け持つのはそのあとのセルフステア。逆操舵そのものは、車体を素早く倒すための操作です。だから、逆操舵は「曲げる技術」ではなく「倒す技術」——これが動画のオチであり、この記事でいちばん持ち帰ってほしい一行です。
整備士資格を持ち、ライディングレッスンも開催しているホワイトベースの二宮祥平さんは、この点を繰り返し解説しています。逆操舵で曲がる、と思い込むこと自体が危険であり、倒したあとは腕の力を抜いて、セルフステアでハンドルが戻るのに任せる必要がある、と。
曲がらない原因の正体——インプッシュ
では、逆に切ったままハンドルを固めてしまうと、どうなるか。
内側の腕が突っ張り、切れたがるハンドルを押さえ込む。この状態がインプッシュです。セルフステアが封じられるので、車体は傾いているのに旋回は始まらず、バイクは外へ外へと膨らんでいきます。右コーナーなら、外側はセンターライン、その先は対向車線です。
「傾いているのに曲がれない」という動画タイトルのパラドックスは、これのことでした。原因は車体でもタイヤでもなく、ほとんどの場合、ハンドルを無意識に押さえている自分の腕です。
逆操舵とインプッシュの違いは、操作としては紙一重です。逆へ入力したあと、すぐ手を緩めて返すか、そのまま固まるか。 二宮さんは、逆操舵を安易にすすめてはいけない理由としてこの点を挙げています。競技の技術としての逆操舵は成立していても、公道で「逆に切れば曲がる」とだけ覚えると、固まったときに対向車線へ膨らむ危険と隣り合わせになるからです。
公道では、どう考えればいいか
この記事の結論は単純です。公道で逆操舵を練習する必要はありません。
- 路面もタイヤの温度も、公道では一定ではありません。競技の向き替え技術は、整った環境あってのものです
- 普通のカーブで必要なのは、逆操舵ではなくセルフステアを邪魔しないこと。具体的には、肘を軽く曲げ、ハンドルに添える手の力を抜くことです。手を離すという意味ではありません。握りは軽く保ったまま、腕の突っ張りをやめるということです
- コーナーで「曲がらない」と感じたら、まず疑うのは腕の突っ張りです。上体を少し伏せて肘を緩めるだけで、バイクがすっと向きを変えることがあります
ライディングの練習をするなら、安全な場所で、少しずつ。これは動画の概要欄にも書いたとおりです。
いま、現物で確かめられること
セルフステアは、エンジンをかけなくても確かめられます。動画で触れた押し歩きの実験です。
- 平坦で安全な場所で、バイクを押し歩きします
- まず、ハンドルをまっすぐのまま両手でしっかり固定して、車体を自分側へ少しだけ傾けてみてください。傾けるのは数度で十分です。バイクは曲がらず、ただ重くなるだけです
- 次に、ハンドルを軽く支えるだけにして、同じように傾けてみてください。ハンドルが傾けた側へ、ひとりでに切れていくのが手に伝わります
これがセルフステアです。走行中は速度が乗るぶん、この力はもっと強く働きます。曲がるのに必要な操作を、バイクは最初から自分で持っている——それを手で確かめてから乗ると、コーナーでの力の抜き方が変わってくるはずです。
転倒に注意して、必ず平地で、足元が安定した状態で試してください。
コメント欄から
この動画には123件のコメントをいただきました。
言葉だと難しい感じする
いちばん多くの共感を集めたのが、この一言でした。実際、60秒に3つの用語は詰め込みすぎだったかもしれません。この記事は、その「難しい」を図と押し歩き実験でほどくために書きました。
こうしてみると難しく感じるけど、実際乗ってみると身体が勝手に動くっていうか案外簡単に出来るよね。
そのとおりで、ここは大事な点です。セルフステアはバイクが勝手にやってくれる現象なので、理屈を知らなくても、普通に乗れている人は正しく乗れています。この動画と記事は「乗れない人への処方箋」というより、「曲がらないと感じた日に、原因を腕から疑えるようになるための知識」だと考えてください。
「なんかよく分かんねえけどブレーキかけたあと見た方向に曲がる!」 ↑俺ずっとこれ
実は、これで何も問題ありません。視線を向けると上体と腕の力みが自然に抜け、セルフステアが働きやすくなります。理屈を1つも覚えなくても、「見た方向に曲がる」は結果としてセルフステアを邪魔しない乗り方になっています。
曲がるではなく倒す技術って言う言葉が非常に腑に落ちた。 セルフステアと下半身を意識するようになってから安定した。
動画のいちばん伝えたかった一行を、実体験で裏付けてくださったコメントです。ハンドルは上半身で押さえ込むものではなく、下半身で車体を支えて上半身を自由にしておくほど、バイクは素直に曲がってくれます。
出典
引用元
- ヤマハ発動機公式ブログ「セルフステア」(コーナーでバイクを傾けると、ハンドルは自然に曲がる方向へ切れ込んでいく):yamaha-motor.co.jp
- ヤマハ発動機「バイクの都市伝説」(逆操舵の舵角はコンマ数度から2度程度とごく僅か/逆にハンドルを「押す」と言ったほうが感覚に合う):global.yamaha-motor.com
- KUSHITANI LOGS「ライテクをマナボウ ♯18 バイクはどうやって曲がっている?」(監修:小川勤さん。車体を傾けて曲がる/ロール軸の解説):kushitani.co.jp
- ホワイトベース 二宮祥平さんの解説動画:「逆操舵(逆ハンドル)で曲がる!と思い込むのは危険」youtube.com/「インプッシュと逆操舵の違い解説」youtu.be/「『逆ハンドル切ってから曲がると簡単に曲がれる』と安易に言ってはいけないぜモトブロガー!」youtu.be
確認できていないこと
- 「多くのライダーが無意識に微小な逆操舵を行っている」という説明は解説者によって扱いが分かれます。本記事では、意図的な技術としての逆操舵と、無意識の入力を区別し、後者を根拠として扱っていません
- セルフステアの強さは車種・キャスター角・速度・タイヤ形状で変わります。本記事の押し歩き実験で感じられる力の大きさは、車種によって差があります
本記事のチェックポイント
- バイクが曲がるのは、傾きそのものではなくハンドルが切れるからです
- セルフステアは、傾けるとハンドルが勝手に切れる現象。ライダーの仕事はそれを邪魔しないことです
- 逆操舵は曲げる技術ではなく、車体を素早く深く倒すための技術です
- 切ったまま固まるとインプッシュになり、旋回が始まらず外へ膨らみます
- 公道で必要なのは逆操舵の練習ではなく、肘と手の力を抜くことです
