評価を落としたのは走りではなく「停車中の感触」だった──ヤマハ GTS1000
79万回見ていただいた動画の補足です。フロントフォークを持たないGTS1000は、走行中の安定感が高く評価されながら普及しませんでした。理由として挙げられているのは、意外にも止まっているときの違和感でした。開発の経緯とあわせて整理します。
「バイクの前輪は、2本のフォークで支えるもの」
ほぼ全てのバイクがそうなので、疑う機会もありません。動画では、その常識を外したヤマハの1台を扱いました。
補足したいのは、このバイクが失敗した理由のほうです。
走りが悪かったからではありません。 むしろ走行中の評価は高い。挙げられている理由は、止まっているときの感触でした。順番に見ていきましょう。
エンジンを挟んで、前後にアームが生えている
まず構造から。
GTS1000のシャシーは、エンジンを両側から挟むアルミの構造体で、その前後両端からスイングアームが伸びています。
エンジンを両側から挟むアルミシャシー(そのカタチがΩの文字に似ていることからオメガ・シェイプ・シャシーとも呼ぶ)の前後両端に、スイングアームが両方へ伸びるフォルム
後ろにスイングアームがあるのは普通です。それが前にも生えている。 そう考えると、この構造は理解しやすいのではないでしょうか。
前輪の支持は、こうなっています。
フロントまわりはRADDをほぼ踏襲、前輪のハブ内でキングピンとを結ぶロアアームと目立たないアッパーリンクとで
つまり、前輪は片持ちのアームで支えられ、向きを変える部分はハブの内側に収まっている。 外から見ると、支えるものが何も無いように見えるわけです。
思いつきではなかった
このバイクを「奇をてらった実験作」だと思われている方もいるかもしれません。経緯を追うと、そうではありません。
ヤマハはこのハブステア実用化には、以前から相応にステップを踏む時間をかけていたのだ。先ず1986年にアメリカのRADDと呼ばれる片支持スイングアーム方式(MC2)と提携
その後の流れも記録されています。
- 1986年 — アメリカのRADDと提携
- 1989年 — コンセプトモデル「モルフォ」を東京モーターショーへ参考展示
- 1992年 — ケルンのIFMAショーでGTS1000を発表
- 1993年 — GTS1000Aとして発売
- 1998年 — グラフィック変更程度で継続生産を終了
提携から市販まで7年。 思いつきで出せる期間ではありません。
エンジンはFZ1000をベースにしたDOHC5バルブの1,002ccで、100.6ps/9,000rpm、最大トルク10.8kgm/6,500rpm。数字としては当時のツアラーとして順当なところです。
この記事の立ち位置
動画は60秒の尺の都合で、構造の異様さに絞って構成しています。 ここでは、そこに至った経緯と、消えた理由を補足しています。
走りの評価は、高かった
この方式の利点として記録されているのは、次の内容です。
絶大な安定感と、減速Gにも変化が僅かで少しの傾きで進路が変わる新感覚
タンデムのような荷重が大きく増えても、車体の挙動が変わらず軽快さも保たれるメリット
ここは、テレスコピックフォークの弱点の裏返しです。
普通のフォークは、ブレーキをかけると縮みます。 車体が前のめりになり、前輪にかかる角度(キャスター)が変わり、ハンドリングが変化する。私たちが「ブレーキング」として体で覚えているあの一連の動きは、車体が姿勢を崩している証拠でもあるわけです。
GTS1000の方式は、そこを切り離しています。減速しても姿勢が崩れにくい。荷物や二人乗りで重くなっても挙動が変わらない。 ツアラーとしては、理屈のうえで理想的な性質だといえます。
それでも売れなかった理由
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
オメガ・シェイプ・シャシーより上部に位置する、カウルやスクリーンなど内側から支えるパイピングを含め、停車時や微速で上部がユラつく感触があり、意外な違和感として評価にブレーキをかけていた
信号待ちで、上のほうがユラユラする。
サーキットのタイムでも、高速巡航の安定性でもありません。足を着いて止まっているときの、なんとなく落ち着かない感じ。 それが評価を止めた、という記録です。
そしてもうひとつ。
個性を重んじるライダーばかりでもないことから継続を断念
これは、技術の話ではありません。
この話が示していること
バイクの購入を思い出してみてください。私たちが最初に触るのは、走っているバイクではなく、店に止まっているバイクです。
またがってみて、足を着いて、ハンドルを切ってみる。その数分で受けた印象が、その後の判断をかなりの部分決めてしまう。
GTS1000が持っていた長所は、ある程度の距離を走って、荷物を積んで、二人乗りをして、雨の中で減速して、ようやく分かるものでした。店先の数分では、絶対に体感できない。
性能が良ければ売れる、とは限らない。 技術の話としてではなく、物が売れるという話として、GTS1000はかなり残酷な事例だと思います。
いま中古で見かけることがあれば、ぜひ一度またがってみてください。 ユラつくと言われたその感触を、自分で確かめられる数少ない機会です。
出典
引用元
- RIDE HI「GTS1000に未来を託し10年以上諦めなかったハブステア!」(オメガ・シェイプ・シャシー/前輪ハブ内のキングピンとロアアーム・アッパーリンク/1986年RADDと提携・MC2/1989年モルフォを東京モーターショーへ参考展示/1992年IFMAケルンで発表/1993年GTS1000A/1998年まで継続生産/FZ1000ベースのDOHC5バルブ1,002cc・100.6ps/9,000rpm・10.8kgm/6,500rpm/停車時や微速で上部がユラつく感触/個性を重んじるライダーばかりでもないことから継続を断念/絶大な安定感とタンデム時の挙動の安定):ride-hi.com
確認できていないこと
- ヤマハ公式によるGTS1000の技術解説ページ。メーカー自身の資料は確認できませんでした
- 生産台数・販売実績
本記事のチェックポイント
- 前輪は片持ちアームで支え、向きを変える部分はハブの内側に収まっています
- 1986年のRADDとの提携から、市販まで7年。 思いつきではありません
- 走行中の評価は高い。減速しても姿勢が崩れにくく、荷重が増えても挙動が変わらない
- それでも普及しなかった理由に挙げられているのは、停車時や微速で上部がユラつく感触
- 店先の数分で伝わる長所ではなかった。 そこがこのバイクの不運でした
