電子制御を一切使わない二輪駆動──ヤマハ WR450F 2-Trac
96万回見ていただいた動画の補足です。前輪も駆動するヤマハの2-Tracは、センサーもコンピューターも使わず、油の流れだけで成立していました。当時のダカールの現地レポートと技術資料から、仕組みと結末を整理します。
「バイクの駆動力は後輪で生み出し、前輪は転がるだけ」
そういうものだと思って乗ってきた方がほとんどではないでしょうか。動画では、その常識を崩したヤマハの実験を扱いました。
ここで補足したいのは、この二輪駆動が「電子制御をまったく使っていない」という点です。
センサーもコンピューターも、電子クラッチもありません。油の流れだけで成立していました。 順番に見ていきましょう。
ミッションから油を送り、前輪で受け取る
仕組みは、驚くほど素直です。
ギアボックスのアウトプットスプロケットが、短く完全に密閉されたチェーンでポンプを駆動し、そのポンプが油をパイプ経由でフロントハブへ送り、並行するパイプで戻す
つまり、こうなります。
- ミッションの出力軸に、チェーン用とは別のスプロケットをもう1枚付ける
- そこから短いチェーンで油圧ポンプを回す
- ポンプが押し出した油が、パイプを通って前輪のハブにある油圧モーターへ行く
- 前輪が回り、油はもう一本のパイプで戻ってくる
電線が1本も要らない。 動力の伝達も、前後の配分も、すべて油の中で完結しています。
オーストラリアの専門誌ADBの記事によれば、この2-Tracはヤマハとオーリンズの共同開発で、車両にはオーリンズ製のフォーク、ショック、ステアリングダンパー、そしてガス加圧式の油圧アキュムレーターが組み合わされていました。サスペンションメーカーが二輪駆動を作った、というのは意外に思えますが、油圧を扱う会社だと考えれば筋が通ります。
前輪に回るのは、最大15%
もうひとつ、押さえておきたい数字があります。
常に最大15%の動力が前輪へ伝達された
前後で半分ずつ、ではありません。 四輪の四駆のようにガッチリ駆動を分けるのではなく、あくまで後輪が主役で、前輪はその1割強を受け持つという配分です。
これは、バイクという乗り物を考えるとよく分かります。前輪に強い駆動をかけると、ハンドルが取られて曲がれなくなってしまう。「前も引っ張ってほしいが、操縦性は壊したくない」という、その境目を狙った数字だといえます。
砂や泥で後輪が空転したとき、前輪が少しだけ引っ張ってくれる。それだけで、進めるかどうかが変わる。 オフロードを走る方なら、この1割強の意味が想像できるのではないでしょうか。
この記事の立ち位置
動画は60秒の尺の都合で、結論に絞って構成しています。 ここでは、当時の現地レポートと技術資料から、確認できた範囲を補足しています。 確認できなかったことは、確認できていないと書きます。
2004年のダカールで、何が起きたか
この技術が実戦で何をしたのか。2004年1月18日付の現地レポートで、次の内容が確認できました。
- ライダーはダビド・フレティニエ選手、車両はヤマハ WR450F 2-Trac
- 記事中では「革命的な二輪駆動の450cc」と表現されている
- 第15ステージ(ティジクジャ〜ヌアクショット)を終えた時点で総合7位
- 450ccクラスでは首位。2位のマッテオ・グラツィアーニ選手に2時間30分以上の差をつけていた
ここで思い出していただきたいのが、当時のダカールの勢力図です。上位はもっと大きな排気量のマシンが占めていました。450ccで総合7位という位置が、どれだけ異常だったか。
それでも、消えました
これほどの結果を出しながら、2-Tracは市販の主流にはなりませんでした。
生産台数については、資料によって記述が分かれています。
- ADBの記事:250台が作られ、そのうち20台がオーストラリアへ
- 英語版Wikipedia:2004年に250台を計画したが、実際に作られたのはごくわずか
どちらが正しいかは確認できていません。 ただ、どちらにしても「ごく少数」だったことは共通しています。
理由を推測することはできますが、この記事では踏み込みません。重量が増えること、油圧系の整備が特殊になること、そして単純に高価だったこと——このあたりが挙げられるものの、ヤマハ自身が理由を公表した資料は確認できていません。
ひとつ言えるのは、この技術が「できなかったから消えた」のではないということです。ダカールで結果を出したうえで、市販の世界には残らなかった。そこがこの話の、いちばん引っかかるところではないでしょうか。
出典
引用元
- ADB Magazine「HERITAGE BIKE: Yamaha WR450F 2-Trac」(ヤマハとオーリンズの共同開発/オーリンズ製フォーク・ショック・ステアリングダンパー・ガス加圧式油圧アキュムレーター/油圧ポンプの駆動はカウンターシャフトの2枚目のスプロケット/250台生産のうち20台がオーストラリアへ/2004年8月):adbmag.com.au
- 英語版Wikipedia「Yamaha WR450F」(ギアボックス出力スプロケット→密閉チェーン→ポンプ→パイプでフロントハブへ/最大15%の動力が前輪へ/2004年に250台を計画したがごくわずかしか作られなかった):en.wikipedia.org
- Motorsport.com「Dakar: Yamaha stage 15 report」2004年1月18日(フレティニエ選手/WR450F 2-Trac/総合7位/450ccクラス首位/2位に2時間30分以上の差/第15ステージ8位):au.motorsport.com
確認できていないこと
- ヤマハ公式の技術資料。メーカー自身による2-Tracの解説ページは確認できませんでした
- 実際の生産台数。資料により「250台」と「ごくわずか」で食い違っています
- 開発中止の理由についてのヤマハ公式見解
本記事のチェックポイント
- 2-Tracは電子制御をまったく使わない。 油圧だけで前輪を駆動していました
- ミッション出力軸の2枚目のスプロケットでポンプを回し、パイプで前輪ハブへ
- 前輪に回るのは最大15%。前後半々ではありません
- ヤマハとオーリンズの共同開発
- 2004年ダカール、第15ステージ時点で総合7位・450ccクラス首位
- それでも市販の主流にはならず、生産はごく少数で終わりました
