スズキは「最高速のために隼を造ったのではない」と言っている
149万回見ていただいた動画の補足です。300km/hの壁を破ったバイクとして語られる隼ですが、スズキ自身が公式の開発者インタビューで「最高速のために造ったのではない」と明言しています。一次資料から、初代の設計思想と、いまも残る速度の上限について整理します。
「300km/h出るバイク」
隼という名前を聞いて、まずそこを思い浮かべた方は多いのではないでしょうか。動画でも、その一点を軸に構成しました。
ところが、スズキ自身はそう言っていません。
公式サイトで公開されている開発者インタビューに、こう書かれています。
これは初代ハヤブサの開発時から一貫していますが、我々は最高速度のためにハヤブサを造ったのではありません。究極の性能を、どなたでも扱えるようにするのが目標でした。その中から副次的に、最高速の高さも実現したわけです
作った側は「副次的」と言っている。ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。順番に見ていきましょう。
「アルティメット スポーツ」という言葉
1999年に登場した初代GSX1300Rハヤブサのコンセプトは、スズキ公式の表記で「アルティメット スポーツ(公道における、究極のスポーツバイク)」です。
主な内容は次のとおりです。
- エンジンはサイドカムチェーン式の直列4気筒 1298cm³ DOHC
- SCEMシリンダー(高い放熱性と耐摩耗性)
- 2ステージインジェクション
- SRADラムエアーシステム
- アルミツインスパーフレームでヘッド位置を低く抑えたコンパクトなボディー
そしてあの姿です。公式の説明では、鎧兜(よろいかぶと)をモチーフとし、高い空力特性とライダーへの防風効果を徹底的に追求したデザイン、とされています。
賛否が分かれた見た目ですが、あれは速く走るための形であると同時に、乗り手を風から守るための形でもあった、ということになります。長距離を走った方なら、体感として納得されるのではないでしょうか。
「最高速ばかりが取りざたされた」
同じインタビューには、こんな一節もあります。
性能というと、最高速ばかりが取りざたされたこともありました。しかし最高速というのは、性能ナンバーワンの要素のひとつに過ぎません。むしろトータルバランスのよさや、扱いやすい特性のほうが重要なんですよ
隼を語るとき、私たちはつい数字の話にしてしまいます。ですが作った側は、その扱いやすさのほうを見てほしいと言っている。 実際、大排気量のスーパースポーツでありながらビギナーでも乗りやすい、という評価は当時から一貫しています。
「速いバイク」ではなく「速さを含めて、全部を高いところで成立させたバイク」。これが公式の自己認識だといえます。
300km/hの上限は、いまも残っている
では、動画で扱った「壁」のほうはどうなのか。
スズキの公式インタビューには、こう書かれています。
ハヤブサは一般市販車としては初めて、300km/hの壁を超える可能性を持つバイクだと言われた。しかし現在では、最高速度に明確な上限がある
ここは慎重に読む必要があります。
- 「〜と言われた」という書き方であること
- 上限が「ある」とは書かれているが、誰と誰が、いつ、どう決めたのかは書かれていないこと
いわゆる「紳士協定」として語られる話ですが、メーカー各社が署名した公開文書のようなものは確認できていません。 当時の報道や関係者の証言として伝わっているもので、公式に条文が公開された類のものではない、というのが実際のところです。
ただし、上限が存在すること自体は、メーカーが公式に書いている。 ここは事実として押さえておいてよい部分だといえます。
この記事の立ち位置
動画は60秒の尺の都合で、「300km/hの壁」という1点に絞って構成しています。 ここでは、メーカーの公式資料から読み取れる範囲で、その周辺を補足しています。 確認できなかったことは、確認できていないと書きます。
2代目でパワーが上がった、意外な理由
2007年、隼はフルモデルチェンジを受けます(モデルイヤーとしては2008年型)。最高出力は22PS向上しました。
ここで「さらに速さを求めたのか」と思いたくなりますが、開発者の説明はまったく違います。
新型は最高出力を22PS高めているのですが、大半はフリクションロスやポンピングロスの低減によるものなんです。排気量を41cc上げたのは、絶対パワーを上げるためではありません。むしろ騒音規制への対応という意味合いが強いんです
なぜ排気量を増やすと騒音規制に有利になるのか。理由が具体的で面白いところです。
北米の騒音規制は、最高出力の発生回転数で測定条件が決まるので、最高出力の発生回転数が低いエンジン(いわゆる中低速型エンジン)のほうが有利になる
つまり、ストロークアップで排気量を増やす → エンジンの特性が中低速型に寄る → 最高出力の発生回転数が下がる → 騒音の測定条件が緩くなる、という流れです。
排気量アップの動機が「速さ」ではなく「音」だった。 数字だけを見ていると絶対に見えてこない部分ではないでしょうか。
いま、隼をどう見るか
まとめると、公式資料から読めるのはこういうことになります。
- 隼は最高速を目標に造られたバイクではない。速さは結果として付いてきたもの
- あの独特な姿は空力と防風のための形であって、奇抜さを狙ったものではない
- 上限が存在すること自体はメーカーが公式に認めている。ただし、その決まりの詳細は公開されていない
- 2代目のパワーアップは、大半が損失低減によるもの
「最速だから偉い」という見方も、それはそれで楽しいものです。ただ、作った側が誇っていたのは扱いやすさのほうでした。そこを知ってから乗ると、同じバイクが少し違って見えてくるかもしれません。
出典
引用元
- スズキ公式「Hayabusa 25周年 スペシャルサイト」(アルティメット スポーツというコンセプト/鎧兜モチーフ/SCEMシリンダー/2ステージインジェクション/SRADラムエアーシステム/サイドカムチェーン式 直列4気筒 1298cm³ DOHC):suzuki.co.jp
- スズキ公式 開発者インタビュー(2008年型ハヤブサ)PDF(最高速のために造ったのではない/最高速ばかりが取りざたされた/300km/hの壁/最高速度に明確な上限がある/22PSの大半はロス低減/41ccは騒音規制対応/北米の騒音規制は最高出力の発生回転数で測定条件が決まる):suzuki.co.jp
確認できていないこと
- 「紳士協定」の当事者・時期・内容を示す公開文書。メーカー各社が署名した文書は確認できませんでした
- 初代ハヤブサの実測最高速。公式に数値として公表された資料は確認できていません
本記事のチェックポイント
- スズキ公式の言葉は「最高速のためにハヤブサを造ったのではありません」
- コンセプトはアルティメット スポーツ。究極の性能を、誰でも扱えるようにすること
- あの姿は鎧兜モチーフで、空力と防風のための形
- 上限があること自体は公式に書かれている。ただし詳細は公開されていない
- 2代目は22PS向上したが、大半はロス低減。41ccの排気量アップは騒音規制対応でした
