998ccで310PS──Ninja H2Rにインタークーラーが無い理由
400km/hを記録したNinja H2Rの過給エンジンは、自動車技術会の資料で「インタークーラーを不要とし小型軽量化を実現」と説明されています。過給しているのに冷却器がない、その理屈を一次資料から整理します。
「400km/h」
数字だけを見ると、もう現実感がありません。ただ、このバイクの本当に面白いところは、速さそのものではなく中身の設計にあると思っています。
排気量は998cc。リッタークラスのスーパースポーツと同じです。そこに機械駆動の過給機を組み合わせて、228kW(310PS)/165N・mを出しています。
そして、過給しているのにインタークーラーがありません。 順番に見ていきましょう。
過給すると、空気は熱くなる
まず前提から。
空気を押し込む(過給する)と、空気は圧縮されて温度が上がります。自転車の空気入れが熱くなる、あれと同じ理屈です。
ところが、熱い空気はエンジンにとって都合が悪い。 温度が上がった空気は膨張して密度が下がり、同じ体積でも酸素の量が減ります。せっかく押し込んだのに、中身が薄くなるわけです。
だから普通は、インタークーラーという冷却器を途中に挟んで、押し込んだ空気を冷やしてからエンジンに入れます。四輪のターボ車で、バンパーの内側に大きなラジエーターのような部品が入っているのを見たことがあるのではないでしょうか。あれです。
そのインタークーラーが、H2Rには無い。
「効率のいいところだけ使う」という答え
自動車技術会の技術資料には、こう書かれています。
二輪車の特性に対応するため、小型軽量で応答の速い機械駆動遠心式過給機(スーパーチャージャ)を選定した。過給エンジンの最適化により、圧縮効率が高い過給機の高効率領域を使用することで、吸気温度を低く抑えインタークーラーを不要とし小型軽量化を実現した
読み解くと、こういうことになります。
- 過給機には、効率のいい回転域と、悪い回転域がある
- 効率が悪い領域で回すと、圧縮の過程で無駄な熱が出て、吸気温度が跳ね上がる
- そこで効率の高い領域だけを使うように設計した
- 結果として吸気温度が低く抑えられ、そもそも冷やす必要が無くなった
冷却器を追加して熱を取るのではなく、熱が出ないところで使う。 発想の順番が逆になっているところが、この設計の面白さだと思います。
バイクには、四輪のような設置スペースがありません。「置けないから工夫した」のではなく、「置かなくて済むように設計した」。 同じ結果でも、意味がまるで違うといえます。
なお同資料では、従来型の同排気量自然吸気エンジンに対して燃費性能に優れるという結果も示されています。過給=燃費が悪い、という印象とは逆の話です。
この記事で確かめた範囲
60秒の動画では、400km/hという記録までしか触れられませんでした。 この記事では、公開されている技術資料と報道から、確認できた範囲を、確認できた範囲で書いています。 確認できなかったことは、確認できていないと書きます。
400km/hの記録で、確認できたこと
2016年、トルコのオスマン・ガーズィ橋で行われた記録走行です。現地報道で確認できたのは、次の内容でした。
- 日付:2016年6月30日
- 場所:イスタンブール近郊のオスマン・ガーズィ橋
- 到達速度:400km/h
- ライダーのケナン・ソフォール選手本人の言葉として「前回までの挑戦では390kmに達し、今日は400kmに達した」
- 当初は橋の開通式当日に行う予定だったが、天候の都合で前倒しされた
確認できなかったこと
動画のタイトルでは「タイムリミットは30秒」という言い方をしました。
これは、タイヤが保たないため一定時間内に到達する必要があった、という趣旨で伝わっている話です。ただ、一次情報でこの数字の裏を取ることができませんでした。
複数の海外メディアが「26秒で到達」「タイヤのリスクを下げるため30秒未満で」と報じていますが、カワサキの公式発表や、計測を担当した第三者機関の記録として公開されているものは確認できていません。
したがって、この記事では「30秒」という数字を事実としては扱いません。 裏が取れ次第、ここに追記します。
公道は走れません
念のため書いておきます。Ninja H2Rはクローズドコース専用で、公道走行はできません。保安部品を持たず、登録もできない車両です。
同じ名前の「Ninja H2」は公道仕様ですが、別のバイクです。中古で探される際は、ここを取り違えないようにご注意ください。
コメント欄から
この動画には180件を超えるコメントをいただきました。いくつか拾います。
かわさき「サーキットの騒音規制でひっかかったら、社外マフラーに変えてください、静かになって規制をクリアできます」
いちばん多くのいいねが付いたコメントです。純正マフラーの音量が大きすぎて、社外品に交換すると静かになる——通常と逆の話として有名なネタですが、カワサキがこの案内を公式に行ったかどうかは、この記事では確認できていません。H2Rがサーキット専用車で、サーキットにも騒音規制があること自体は事実で、「サーキット専用なのにサーキットの規制に引っかかりうる」という構図が笑いどころになっています。
昔H2のフレームの一部を作った事のある下請けの鉄工所に勤めてたけど、Kawasakiの凄さがあるのはそういう下請け会社の努力あってのことだっていうのが広まってほしい
製造に関わった方の声です。 記事で扱った技術資料に載るのは設計思想ですが、それを図面通りの精度で作る現場が必ずあります。こういうコメントが届くのも、97万回再生の思わぬ副産物でした。
新幹線より速くないか?😮
営業運転の新幹線より速い、と言ってよさそうです。 日本の新幹線の営業最高速度は320km/h(東北新幹線の一部区間)とされており、400km/hはそれを上回ります。試験走行まで含めると新幹線側にはさらに速い記録がありますが、「定常運行している乗り物」との比較なら、バイクが上回った瞬間だったことになります。
バイクで400km出すドライバーだれ?信じられん
記事本文の通り、ケナン・ソフォール選手です。現地報道によれば、それ以前の挑戦で390km/hまで到達しており、この日が初めての400km/hでした。一発勝負ではなく、段階を踏んだ挑戦だったことが本人の言葉から分かります。
出典
引用元
- 自動車技術会「自動車技術330選」Ninja H2R スーパーチャージドエンジン(直列4気筒DOHC 998cc/228kW〈310PS〉/165N・m/機械駆動遠心式過給機の選定理由/圧縮効率が高い高効率領域を使用し吸気温度を低く抑えインタークーラーを不要とした/同排気量自然吸気に対し燃費性能に優れる):jsae.or.jp
- Daily Sabah「Sofuoğlu breaks new land speed record at 400 km on Osman Gazi Bridge」2016年6月30日(日付・場所・400km/h到達・本人談・天候による前倒し):dailysabah.com
確認できていないこと
- 「タイムリミット30秒」「26秒で到達」の一次情報。カワサキの公式発表や計測機関の記録は確認できませんでした
本記事のチェックポイント
- 排気量は998cc。市販リッタースーパースポーツと同じ
- 228kW(310PS)/165N・mを機械駆動遠心式の過給機で実現
- インタークーラーが無い。 過給機の高効率領域だけを使い、吸気温度を上げない設計
- 記録は2016年6月30日・オスマン・ガーズィ橋で400km/h
- 「30秒」という数字は、一次情報での裏が取れていません
- H2Rは公道走行不可。 公道仕様のH2とは別の車両です
