正式名称は、ただの「750ターボ」でした──カワサキ最速ターボが一代で消えた理由
32万回見ていただいた動画の補足です。738ccで112PS、当時世界最速級と言われたカワサキのターボ車。動画の「実測240km/h」は資料では235〜238km/hでした。名称の訂正、オーナーの「ドッカンじゃない」という証言、そして同じ1984年に自社のGPZ900Rが隣に並んだ皮肉まで、資料とコメントで整理します。
「750ccがリッター勢より速いなら、なんで消えたんだ」
動画を見てそう思った方への答えを、先に書いてしまいます。同じ1984年、カワサキ自身がGPZ900Rを出している──と聞けば察しがつく並びが、実際にありました。資料が挙げるもう少し地味な理由と合わせて、この記事でゆっくり説明します。
その前に、まず訂正からです。動画のタイトルと本文で「GPz750ターボ」と呼びましたが、正式な車名は「750ターボ」で、GPzは付きません(バイクブロス)。面白いことに、実車のエンジンカバーにはGPzのバッジが付いているのに、です(英語版Wikipedia)。なお北米の部品カタログなどにはGPz750 Turbo表記も残っていて、市場によって呼び方は揺れています。この記事では日本での正式車名に従います。また動画の「1983年に登場」は正確には1982年のケルンショーで量産モデルが披露され、発売は1984年1月(Wikipedia・バイクブロス)。「実測最高速度240km/h」も、資料で確認できた数値は235〜238km/h(ヤングマシン・英語版Wikipedia)で、240km/hには届いていませんでした。数字を少しずつ盛ってしまった動画への、これが補足記事です。
盛らなくても、このバイクは十分に化け物でした。資料で確認できた実像を並べます。
排気ガスで馬力を買う──ターボとは何か
排気量738ccの空冷4気筒で112PS/9,000rpm(バイクブロス)。当時のカワサキのフラッグシップ級に迫る出力を、750のエンジンから絞り出した道具がターボチャージャーです。
エンジンは混合気を燃やして走りますが、排気ガスにはまだ大量のエネルギーが残っていて、普段はマフラーから捨てられています。ターボは、この捨てていた排気の勢いで風車(タービン)を回し、同じ軸につながった圧縮機で空気をぎゅっと押し込んでからエンジンに送り込む装置です。押し込む空気が増えれば燃やせる燃料も増える。つまり排気量を増やさずに、大きいエンジンと同じ量の空気を吸わせる仕組みです。
750ターボが偉かったのは、ここにデジタル制御の燃料噴射(DFI)を組み合わせたことです。過給で刻々と変わる空気量に合わせ、センサーの情報から燃料を電子制御で吹く。1981年の東京モーターショーでプロトタイプを出してから量産まで3年近くかけた慎重な開発で(Wikipedia)、その完成度は「完成度が高かった世界最速ターボ」(ヤングマシン)と評されています。ゼロヨンは通常の実測で11秒台前半、ドラッグ走行の名手ジェイ・グリーソンによる記録が10.71秒(英語版Wikipedia)。日本語版Wikipediaは、この10.71秒を当時世界最速と記しています。動画で紹介した10.71秒は嘘ではありませんが、プロが出したベスト記録だという条件は付けておくべきでした。いずれにせよ、当時の市販車最速級だったことは資料が一致しています。
4社が出して、4社ともやめた
1980年代前半、ターボバイクは一大ブームでした。国内4メーカーの顔ぶれを、ヤングマシンの整理から並べます。
- ホンダ CX500ターボ(1981年):496.9cc・82PS。世界初の量産ターボバイクで、コンピュータ制御の燃料噴射を採用。1983年には後継のCX650ターボも投入しています
- ヤマハ XJ650ターボ(1982年):653cc・90PS。こちらは燃料噴射ではなくキャブレター仕様
- スズキ XN85(1982年):673cc・85PS
- カワサキ 750ターボ(1984年):738cc・112PS。最後発にして最強
そして、ホンダがCX650ターボへ一度だけ世代交代させたのを除けば、各社とも後が続きませんでした。最後発の750ターボを最後に、国産の量産ターボバイクの系譜はここで途絶えます。 理由についてヤングマシンは、当時の制御技術では優れたドライバビリティが提供できず、燃費面の利点も今ほどではなかったためと記しています。
さらに750ターボには、固有の不運がありました。発売と同じ1984年、カワサキは水冷908ccのGPZ900R──初代ニンジャを世に出します。欧州仕様115PS。複雑で高価なターボを使わずに、素直な大排気量でターボ以上の出力を出すバイクが、同じ店の隣に並んだわけです。コメント欄の一言が、この構図を一刀両断にしていました。
「リッターSSを狩る」と動画では言いましたが、細かいことを言えば当時「SS(スーパースポーツ)」という区分はまだなく、最速争いの主役は大排気量スポーツたちでした。750ターボはそこに排気量で下から挑み、一瞬だけ頂点に立ち、自社の新型に追い越されて静かに退場した──これが資料から見える実像です。
オーナーの証言──「ドッカンターボ」は本当か
動画では「悪魔のターボ」と煽りましたが、コメント欄には実際のオーナーの声が集まりました。これはこの記事でいちばん価値のある部分だと思います。
69歳の現役オーナーの方からも「ターボラグがどうの、トルクが急に、とかは感じたことがない。750ccの2ストだと思っている」という趣旨のコメントをいただきました。少なくとも今回のコメント欄では、実際に乗っている方ほど「ドッカンじゃない」と証言していました。
これは上で書いたDFIの話とつながります。3年かけて燃料噴射で過給を飼いならした750ターボは、むしろ当時のターボ車の中では扱いやすさが売りだったと考えるほうが、証言とも資料の「完成度が高かった」という評価とも整合します。もちろん数人の証言が当時のすべての評価を代表するわけではありませんが、それでも「ドッカンターボの恐怖」一色で語った動画は、実際に乗っている方々の証言の前では言い過ぎでした。訂正します。
一方で、リアブレーキでトルクをコントロールし、リアパッドがフロントの倍のペースで減る──という乗り方が「普通のバイク」でないことも確かです。化け物であることと、扱いやすいことは、このバイクでは両立していたようです。
30年後、カワサキは「答え」を出した
コメント欄で3番目に伸びていたのが、この視点でした。
2015年のNinja H2/H2Rで、カワサキは再び過給機に帰ってきます。ただし今度はターボ(排気駆動)ではなく、エンジンの力で直接圧縮機を回すスーパーチャージャー(機械駆動)でした。排気を経由しないぶん、アクセルへの反応が素直になります。
このスーパーチャージャーは、自動車技術会の「自動車技術330選」にも選ばれていて、そこには川崎重工のガスタービン・機械カンパニー、航空宇宙カンパニー、技術開発本部との協働で、二輪車専用の遠心式過給機を自社開発したと記されています。エンジンと過給機をゼロから一体で設計したことで、普通は必須のインタークーラーさえ省いた、と(自動車技術会)。
1984年に「制御技術が追いつかず」一代で終わった過給機バイクは、31年後、飛行機とガスタービンの会社の総力で帰ってきたわけです。750ターボは行き止まりではなく、長い伏線でした。
いま、現物で確かめられること
- 旧車イベントで750ターボを見つけたら、エンジンカバーのバッジを確かめてください。 GPzの文字が入っているのに、正式名称はただの「750ターボ」。この記事のいちばん細かい訂正ポイントが、実車で確認できます
- エキゾーストパイプの付け根を覗いてください。 排気の勢いを失う前にタービンへ届けるため、ターボ本体(日立製HT-10B)は排気ヘッダーのすぐ近くに取り付けられています(英語版Wikipedia)。「排気で風車を回す」配管の取り回しが目で追えます
- 現行のNinja H2 SXの写真とエンジン周りを見比べてみてください。 排気駆動から機械駆動へ。カワサキが30年かけて選び直した過給の答えとの違いは、配管のシンプルさに出ます
出典
引用元
- バイクブロス 車種カタログ「カワサキ 750ターボ」(正式な車名は750ターボで一般にZ750ターボとも称される/1984年1月発売/112PS/9,000rpm・738cc・空冷直列4気筒+ターボ/フューエルインジェクション搭載):bikebros.co.jp
- 日本語版Wikipedia「カワサキ・750ターボ」(738cc空冷4スト4気筒DOHC2バルブ・D.F.I/0-400mタイム10.71秒で当時世界最速・最高速度235km/h/1981年東京モーターショーにプロトタイプ・1982年ケルンショーで量産モデル披露・1984年デリバリー開始/Z650ザッパー系がベース):ja.wikipedia.org
- 英語版Wikipedia「Kawasaki GPZ750 Turbo」(開発は1981年1月に650ターボとして開始、同年11月から750に変更/実測でゼロヨン11.2秒前後・最高速148mph(約238km/h)/ジェイ・グリーソンがゼロヨン10.71秒を記録/エンジンカバーにGPzバッジを付けながらカワサキの呼称は750 Turboのみ/ターボは日立製HT-10Bで排気ヘッダー直近に配置/カワサキは「世界最速の量産ターボ車」と広告):en.wikipedia.org
- WEBヤングマシン「'80年代は国産4メーカー全てがターボバイクを投入!──日本の名車100選」(CX500ターボ=1981年・496.9cc・82PS・世界初の量産ターボかつコンピュータ制御FI/CX650ターボ=1983年/XJ650ターボ=1982年・653cc・90PS・キャブレター仕様/XN85=1982年・673cc・85PS/750ターボ=1984年・738cc・112PS・最後発/750ターボは「完成度が高かった世界最速ターボ」で最高速235km/h/廃れた理由は当時の制御技術では優れたドライバビリティを提供できず、省燃費とも言えなかったため):young-machine.com
- 英語版Wikipedia「Kawasaki GPZ900R」(1984年発売・908cc水冷4気筒・115bhp/初代ニンジャ):en.wikipedia.org
- 自動車技術会「自動車技術330選:Ninja H2R スーパーチャージドエンジン」(川崎重工のガスタービン・機械カンパニー、航空宇宙カンパニー、技術開発本部との協働で二輪車専用の機械駆動遠心式過給機を自社開発/エンジンと一体設計しインタークーラーを不要とした):jsae.or.jp
確認できていないこと
- 動画の「実測最高速度240km/h」の記録。資料で確認できたのは235〜238km/hで、240km/hを記録した実測は見つけられませんでした
- 北米市場での正式なモデル名表記。北米の部品カタログにはGPz750 Turbo表記が残っており、本文の「正式名称」は日本での車名(バイクブロス)に従いました
- 動画タイトルの「リッターSSを狩る」。当時はSSという区分自体がなく、リッター級スポーツと最速を争ったというのが正確なところです
- コメント欄にあった「開発に日産の技術陣が関わった」「インジェクターやタービンが四輪部品ベース」という話。興味深い証言ですが、一次資料に到達できませんでした
本記事のチェックポイント
- 正式名称は750ターボ。カバーにGPzの文字はあっても、車名にGPzは付きません
- 実測最高速は資料で235〜238km/h。動画の240km/hは確認できず、訂正します
- 量産ターボは750ターボを最後に途絶えました。当時の制御技術の限界に加え、同じ1984年に自社のGPZ900Rが素直な大排気量で上を行き、立場を失いました
- コメント欄のオーナーの証言は「ドッカンじゃない、むしろ扱いやすい」に揃いました。悪魔のイメージは後年の伝聞が育てた面がありそうです
- 過給機の系譜は途切れず、2015年のNinja H2で川崎重工グループの総力とともに帰ってきました
