「タンクを捨てた」は言い過ぎでした──カワサキKR500のモノコックフレームを資料で確かめる
35万回見ていただいた動画の補足です。フレームにガソリンを入れたカワサキの500ccレーサーKR500。カワサキ公式の表記は「一部燃料タンクも兼ねたセミモノコック」で、動画の「タンクを完全に排した」は言い過ぎでした。訂正も含めて、3年間の挑戦を資料から整理します。
「フレームの中にガソリンって、大丈夫なのか」
動画を見てそう感じた方は、多いはずです。1980年、カワサキが世界グランプリ最高峰の500ccクラスに投入したKR500は、フレームの内部を燃料スペースとして使うという設計で登場しました。
ただ、最初に訂正から入ります。動画では「燃料タンクを完全に排し、フレームそのものに直接ガソリンを満たした」と紹介しましたが、カワサキ公式の表記は違います。
一部燃料タンクも兼ねたアルミニウム製セミモノコックフレーム
「完全に排した」のではなく「一部兼ねた」。しかも「セミ」モノコックです。実車の写真解説でも、外側に本物のアルミ叩き出しタンクがあり、フレーム内のタンクと併用するダブル構造だったことが指摘されています(WEB Mr.BIKE)。動画は言い過ぎでした。
先に線引きもしておきます。フレームに燃料を入れる構造そのものに安全上の欠陥があったという記録は、確認できていません。 この記事で扱うのは、構造の珍しさと、勝負の行方の話です。資料で確認できたKR500の実像を、訂正込みで整理します。
モノコックとは何か
普通のバイクのフレームは、パイプを組んだ骨組みです。骨組みが力を受け持ち、タンクやカウルはその上に載る「乗客」にすぎません。
モノコックは発想が逆で、外皮そのものに力を受け持たせます。 骨組みを捨てて、アルミの箱自体を構造材にする。飛行機の胴体や翼と同じ考え方で、飛行機の翼が薄いのに大量の燃料を積めるのは、翼の構造自体が燃料タンクを兼ねているからです。
KR500がこの方式を選んだ狙いとして、資料には軽量化・低重心化・エンジン脱着時の整備性向上(WEB Mr.BIKE)、そして前面投影面積を小さくして空力を稼ぐこと(英語版Wikipedia)が挙げられています。箱がフレームとタンクを兼ねれば、部品は減り、幅は詰められるはずでした。
エンジンも異形だった
フレームばかりが語られますが、エンジンも普通ではありません。250ccクラスで無敵を誇ったタンデムツイン(前後2気筒)のKR250を、左右に2個並べた「スクエア4」——4つのシリンダーが四角に並ぶ2ストローク494.7ccです。
コメント欄で「スクエア4はカワサキだけじゃない」という指摘がありましたが、これはその通りです。 WEB Mr.BIKEによれば、当時のヤマハYZRもスズキRGBも同じスクエア4レイアウトで、4ストのホンダNR500を除けばスクエア4の三つ巴でした。スクエア4の利点は、直列4気筒より横幅を詰めて前面投影面積を減らせることにあります。
3年間の戦績を、数字で追う
美化も悲観もせず、記録を並べます。ライダーは全期間を通じてコーク・バリントン(南アフリカ出身)。1978年・79年に250cc/350ccの両クラスを2年連続で制覇した名手です。
1980年(初年度)
- 開幕はつまずきました。デビュー戦のイタリアGPは電気系トラブルでわずか4周でリタイア(WEB Mr.BIKE)
- その後スペイン13位→フランス8位→フィンランド5位と上向くも、年間ランキングは12位
1981年(2年目)
- 軽量化・空力改善・アンチノーズダイブ追加などの大幅改良
- オランダGPとフィンランドGPで3位表彰台。フィンランドではケニー・ロバーツらと互角に渡り合っての自力3位でした
- 年間ランキング8位。これがKR500の最高成績です
1982年(最終年)
- フレームをモノコックからプレスバックボーンタイプへ一新。カワサキイチバンは「それまでに蓄積したノウハウはほとんど使えなくなってしまった」と記しています
- シーズン最高位6位、表彰台ゼロ、ランキング9位
- 一方で英国のACU500cc選手権では6連勝でタイトルを獲得しています(英語版Wikipedia)
- そしてこの年限りで、カワサキはWGPから撤退しました
初優勝が見えていた3年目に、別物のマシンへ切り替えて積み上げを手放してしまう——ここがKR500の物語のいちばん切ない部分です。
なぜ勝てなかったのか
資料から拾える要因は、大きく3つです。
- 軽くならなかった。 当時の技術では接合部にボルトを多用せざるを得ず、軽量化を狙ったはずのモノコックが逆に重量増を招いたとWEB Mr.BIKEは記しています
- 乗り手を選んだ。 同誌はKR500を「キックバックが強烈で危険なレーサーとさえ言われた」と記録しています。キックバックとは、路面からの反動でハンドルが急に振られる現象です。バリントンの返答は「それを出さないように走るのがプロの仕事だ」でした
- 開発体制が限られていた。 ライダー1人に監督とメカニック3人(うち1人はバリントンの実兄)。ライダー自らトランスポーターを運転して転戦する体制で、WEB Mr.BIKEは「人も時間も資金も、なにもかもが不足していた」と記しています
なお、動画では「32Lのガソリンがフレーム内で揺れて重心が乱高下し、振動がライダーの腕を痺れさせた」と紹介しました。ここも正直に書くと、「32L」という燃料容量は英語版Wikipediaなど英語圏の資料で確認できましたが、カワサキ公式資料では確認できていません。 また「燃料の揺れで重心が乱高下した」「振動で腕が痺れた」という因果を明記した一次資料にも到達できていません。確認できたのは「キックバックが強烈」「剛性は高いが限界域で許容度がない」(Bike EXIF)という記述までです。
KR500の苦戦は、重量・体制・熟成不足などが重なった複合的なものです。ただ「フレームは硬ければいいわけではない」という視点は、のちの市販車の世界にもつながっています。フレームを硬くするのではなく、微小な変形に減衰を与えるという逆の発想で生まれたのがヤマハのパフォーマンスダンパーです。
フレームの中の燃料は、その後どうなったか
コメント欄でいちばん多く寄せられた補足が、これでした。
これは記録の通りです。カワサキイチバンによれば、KR500で完成の域に達しなかったモノコックは、いったん市販車へのフィードバックなしに終わりました。しかし約20年後、市販車として初めてアルミモノコックフレームを採用したZX-12Rが、1999年9月のパリショーで姿を現します。 空洞のフレーム内部にはエアクリーナーが収められました。この方式はZZR1400、ZX-14Rと熟成が続きます。KR500で果たせなかった「モノコックの完成」は、約20年越しに市販車の世界で実現したわけです。
「フレームに燃料」のほうにも後継がいます。
2002年に登場したビューエルXB9Rに始まるXBシリーズは、フレームの内部を燃料タンクに、スイングアームの内部をオイルタンクにするという設計を市販車で実現しています(英語版Wikipedia)。低重心化という狙いはKR500と同じです。フレームに燃料を入れる発想自体は、決して行き止まりの技術ではありませんでした。
また、「初期のホンダNR500もモノコックだった」という指摘も複数ありました。1979年のNR500がモノコック構造を採っていたことは英語版Wikipediaにも記載があり、KR500のフレームはそれと比較して語られています。あの楕円ピストンのNRとは、意外なところでつながっています。
いま、現物で確かめられること
KR500の実車を見る機会はまずありませんが、その思想は今も確かめられます。
- 中古車店でZX-12R・ZZR1400・ZX-14Rを見つけたら、フレームを覗いてください。 パイプの骨組みがなく、太い箱がヘッドパイプからシートまで通っているのが分かります。KR500が完成させられなかった構造の、完成形です
- タミヤの1/12プラモデル「カワサキKR500グランプリレーサー」が存在します(1983年10月発売・Item No:14028)。再販時期によっては入手できます。手の中で構造を確かめられる、数少ないKR500です
- 飛行機の翼を思い出してください。 空港で翼を見る機会があれば、「あの薄い板の中に燃料が入っている」ことを。KR500がやろうとしたのは、まさにあれのバイク版でした
出典
引用元
- カワサキモータース 公式ヒストリー「KR500 (1980-)」(一部燃料タンクも兼ねたアルミニウム製セミモノコックフレーム/スクエアフォーレイアウトのエンジン/250・350制覇後にGP500参戦/1982年末にGPレースからの撤退を決定):global-kawasaki-motors.com
- カワサキイチバン「WGP:KR500(1982)」(タンデムツインを2個並べたスクエア4/スクエア4エンジンのメリットは前面投影面積の減少/1982年はフレームがモノコックからバックボーンタイプへ変わり、蓄積したノウハウはほとんど使えなくなった/フレームにサブタンク/参戦2年目に3位表彰台):kawasaki1ban.com
- カワサキイチバン「SENSATIONAL SYSTEM OF K[第2回]モノコックフレーム」(KR500のテクノロジーは市販車にフィードバックされず/1999年9月のパリショーでZX-12Rが市販車初のモノコックフレームを採用/フレーム内部にエアクリーナー/ZZR1400・ZX-14Rへ熟成):kawasaki1ban.com
- WEB Mr.BIKE「ライムグリーン伝説・KR500」(軽量化・低重心化・整備性向上を狙ったモノコック/ボルト多用で逆に重量増/1980年デビュー戦4周リタイアからの戦績詳細/1981年オランダ・フィンランドで3位/キックバックが強烈で危険なレーサーとさえ言われた/最高出力は80年型120PS・最終型130PSオーバーと言われた/外側のアルミ叩き出しタンクとフレーム内タンクのダブル構造/ライダー1人・監督・メカ3人の小規模チーム):mr-bike.jp
- 英語版Wikipedia「Kawasaki KR500」(494.7cc・ボア×ストローク54.0×54.0mm/燃料容量32L・乾燥重量133kg(出典はClassic Motorbikes)/1981年ランキング8位・1982年9位/1982年ACU英国500cc選手権で6連勝しタイトル獲得/1979年ホンダNR500のモノコックとの比較):en.wikipedia.org
- 英語版Wikipedia「Buell XB9」(燃料をフレーム内に、オイルをスイングアーム内に収める/XB9Rは2002年に登場):en.wikipedia.org
- Bike EXIF「Kawasaki KR500」(モノコックはきわめて高剛性だが、限界域では許容度がなかったという評価):bikeexif.com
- タミヤ 公式 製品ページ「1/12 カワサキ KR500 グランプリレーサー」(Item No:14028・1983年10月発売):tamiya.com
確認できていないこと
- 動画で紹介した「燃料タンクを完全に排した」という表現。カワサキ公式は「一部燃料タンクも兼ねたセミモノコック」で、本文で訂正済みです
- 燃料容量32Lのカワサキ公式資料。英語圏の二次資料でのみ確認できました
- 「燃料の揺れで重心が乱高下した」「振動でライダーの腕が痺れた」という因果を明記した一次資料。確認できたのは「キックバックが強烈」という記述までです
- コメント欄にあった当時の契約金・年間予算の金額。一次資料は見つけられませんでした
- 実車が国内のペンションに現存するというコメントの現況
本記事のチェックポイント
- カワサキ公式の表記は「一部燃料タンクも兼ねたセミモノコックフレーム」。動画の「タンクを完全に排した」は言い過ぎでした
- 狙いは軽量化・低重心化・前面投影面積の削減。しかし当時はボルト接合が多く、逆に重くなりました
- 最高成績は1981年の3位表彰台2回・ランキング8位。翌年フレームを一新してノウハウを失い、そのまま撤退しました
- 「32L」は英語圏資料の値で、カワサキ公式では確認できていません
- モノコックは約20年後のZX-12Rで市販車として完成し、「フレームに燃料」はビューエルXBが市販車で実現しました。挑戦は行き止まりではありませんでした
