町工場が「大型二輪用アルミフレーム世界初」に届くまで──モリワキ公式沿革で読むMONSTER
1973年にヨシムラ製品の開発製造を請け負って創業したモリワキは、1981年に「世界初、大型二輪車用アルミニウム製フレーム」を実戦投入したと公式沿革に記しています。公式の記録と当時の資料から、その道筋と「MONSTER」の名の由来を整理します。
「モリワキのマフラー、付けてます」
そういう方は、いまも大勢いるのではないでしょうか。そのモリワキは、大型二輪車用のアルミフレームを世界で初めて実戦に持ち込んだ会社でもあります。
この記事で確かめたいのは、公式の沿革でどこまで裏が取れるのかです。調べてみると、意外な事実がひとつ出てきました。
「モンスター」の名前は、フレームより先に、マフラーに付いていました。 順番に見ていきましょう。
出発点は、ヨシムラの開発製造の請け負い(1973年)
モリワキ公式サイトの沿革は、創業をこう記しています。
1973.09.30 創業 鈴鹿市道伯町にて、古市自動車の一角を借りて創業 四輪エンジンのチューニング及びヨシムラ(現ヨシムラジャパン)製品の開発製造、輸出業務を請け負う
自社ブランドの製品からではなく、ヨシムラの開発製造の請け負いから始まっています。 借りた工場の一角で、です。
そのヨシムラがどういう存在だったかは、ポップ吉村の記事で扱いました。世界初の市販集合マフラーを1972年に売り出した、あのヨシムラです。その翌年に、その仕事を請け負う会社として、モリワキは生まれています。
なお、動画では創業者・森脇護氏がヨシムラでメカニックとして働き、機械工学を独学で身につけたという人物像を紹介しましたが、このエピソード自体は公式沿革には書かれておらず、一次資料では確認できていません。 公式に確認できるのは、上記の「ヨシムラ製品の開発製造を請け負った」という事業上の関係までです。
鉄で作ってから、アルミに行った(1979〜1981年)
フレームの歴史は、公式沿革では2段階で書かれています。
1979 Z1用クロームモリブデン鋼フレームが完成 また、モリワキの代名詞ともいえるエキゾーストシステム"モンスター"の販売を開始
1981 世界初、大型二輪車用アルミニウム製フレームを開発・実戦投入 アルミフレームのZ1000はこの後、当時まだ無名であった"ワイン・ガードナー"が走らせ、"MONSTER"と呼ばれるようになる
ここで冒頭の話に戻ります。1979年の時点で、"モンスター"はマフラーの名前として先に売られていました。 アルミフレームのZ1000が"MONSTER"と呼ばれるのは、その後です。いま売られているモリワキのマフラーに「MONSTER」の名が付いているのは、この1979年からの系譜ということになります。
そして注目したいのは、いきなりアルミに行っていないことです。まず1979年に鉄(クロモリ鋼)で自社フレームを完成させ、そのうえでアルミに挑んでいる。当時の専門誌の記録では、1980年晩秋にクロモリ製からアルミ角パイプ製へ一新した「ニュー・モンスター」が発表され、従来比で約20kgの軽量化を実現したとされています。
1981年の鈴鹿8耐、予選で何が起きたか
鈴鹿8耐の特設サイト(コカ・コーラ鈴鹿8耐)には、1981年大会についてこう書かれています。
ワイン・ガードナーがカワサキZ1000エンジンを積むモリワキ・モンスターが驚異的なポールタイムを叩き出し
町工場のマシンが、予選の頂点=ポールポジションを獲った。 これが動画で扱った場面です。当時の専門誌の記録では、そのタイムは2分14秒76。前年のポールタイムを約3秒も更新したとされています。
予選で1番手ということは、その年に並んだメーカー系チームのマシンより上に立ったということです。エンジンは市販車ベースのZ1000。差がついた場所は、フレームを含めた車体側だった——「パワーがあっても車体が悪ければ速く走れない」という動画の整理は、この結果と整合します。
走らせたのは、公式沿革の言葉を借りれば「当時まだ無名であった」ガードナー。デイトナのAMAスーパーバイク初出場で4位に入り、イギリスで「第2のクロスビー」と呼ばれた若手です。そしてこの後、1987年に500ccクラスの世界チャンピオン(オーストラリア人として初)になります。無名の若手を見出して世界の入口に立たせたという動画の紹介は、結果として実際の経歴と一致しています。
決勝の「オチ」について、正直に
動画は「予選で圧倒したのに、決勝は転倒リタイア」というオチで締めました。 ただ、決勝でのモリワキ車の詳しい経緯(転倒・リタイアの記録)は、今回あたった一次資料では確認できませんでした。 同じ特設サイトで確認できた1981年決勝の記録は、カワサキZ1000Jのロッシュ/ラフォン組が3位に入賞した、といった断片までです。 決勝の顛末の一次資料に到達できたら、ここに追記します。
「世界初」の限定条件
「初」と書くときの決まりごとに従って、条件を明確にしておきます。
モリワキ公式の表記は「世界初、大型二輪車用アルミニウム製フレーム」です。つまり大型二輪車用としての初であって、レーシングマシン全体や小排気量車を含めた話ではありません。コメント欄でも、同時期の500ccレーサーや少量生産車の先行例を挙げる声がありました。他分野・他社に先行例が無いことを、当方で独自に検証したわけではありません。 ヨシムラの「世界初の市販集合マフラー」と同じで、公式表記の限定条件ごと受け取るのが正確だと思います。
コメント欄から
この動画には72件のコメントをいただきました。当時を知る方の証言が集まっています。
ヨシムラとモリワキ組んだ時の ワークスマシン超えてるのにとオチはそうなるよな的な
ヨシムラ・モリワキ連合は実在します。 モリワキ公式サイトのニュースによれば、新名神高速道路・鈴鹿PAの「PIT SUZUKA」に「1983 YOSHIMURA MORIWAKI GSX1000」が鈴鹿8耐レジェンドマシンとして展示されました(2024年)。エンジンのヨシムラと車体のモリワキが組んだマシンが、実物として残っているわけです。コメント欄にあった「予選は大差の1位、決勝はリタイア」という1983年の詳しい顛末までは、この記事では確認できていません。
ガードナーがおじいちゃんになってる
1981年に「まだ無名」だった若手が、1987年の世界チャンピオンを経て、いまも動画に映る。45年ぶんの時間が1本のショートに畳まれているということでもあります。
ガードナーはワイン ウェインはレイニー 1980年代2輪レースシーンを語るなら間違っちゃいけない
表記の話として面白い指摘です。英語の綴りはどちらも「Wayne」ですが、モリワキ公式サイトの沿革は、いまも「ワイン・ガードナー」と表記しています。 当時の日本のレース界で使われた呼び方が、公式の記録にそのまま残っている例だといえます。この記事でも公式沿革の引用部は「ワイン」のまま載せました。
また、当時のカワサキ車のフレーム剛性を巡る逸話(指摘したら反論された、という類の話)も複数寄せられましたが、いずれも伝聞で、一次資料では確認できません。 確かなのは、モリワキが1979年に自社フレームを作り、1981年にアルミで実戦に持ち込んだという公式の記録です。
いま、現物で確かめられること
- 「MONSTER」の名前は、いまの製品に続いています。 モリワキの現行マフラーには、2026年発売の新製品にも「Full Exhaust MONSTER」の名が付いています。店頭やカタログで見かけたら、それは1979年から続く名前です
- 新名神・鈴鹿PAの「PIT SUZUKA」では、1983年のヨシムラ・モリワキGSX1000の実車が展示されました。展示は入れ替わることがあるので、訪問前に最新の展示情報を確認してください
- 鈴鹿方面へ走る機会があれば、モリワキの本社はいまも鈴鹿市にあります。創業から半世紀あまり、レースの街から動いていません
出典
引用元
- モリワキエンジニアリング公式 会社概要・沿革(1973.09.30 鈴鹿市道伯町にて古市自動車の一角を借りて創業/四輪エンジンのチューニング及びヨシムラ(現ヨシムラジャパン)製品の開発製造、輸出業務を請け負う/1979 Z1用クロームモリブデン鋼フレームが完成・エキゾーストシステム"モンスター"の販売を開始/1981 世界初、大型二輪車用アルミニウム製フレームを開発・実戦投入。アルミフレームのZ1000はこの後、当時まだ無名であった"ワイン・ガードナー"が走らせ、"MONSTER"と呼ばれるようになる/本社所在地 三重県鈴鹿市):moriwaki.co.jp
- モリワキ公式ニュース「PIT SUZUKAに『1983 YOSHIMURA MORIWAKI GSX1000』展示」(2024年・鈴鹿8耐レジェンドマシン展示):moriwaki.co.jp
- コカ・コーラ鈴鹿8耐特設サイト「鈴鹿8耐メモリアルマシン」(ワイン・ガードナーがカワサキZ1000エンジンを積むモリワキ・モンスターが驚異的なポールタイムを叩き出し/1981年決勝はカワサキZ1000Jのロッシュ/ラフォン組が3位 ほか):suzuka8hours.lrnc.cc
- webオートバイ「モリワキ『Z1000』『MONSTER』|伝説を作ったガードナーの青きZ達」(予選2分14秒76は前年のポールタイムを約3秒更新/1980年晩秋、クロモリ製からアルミ角パイプ製へ一新した『ニュー・モンスター』を発表。従来比で約20kgの軽量化/デイトナ初出場4位・「第2のクロスビー」):autoby.jp
- Sport Australia Hall of Fame「Wayne Gardner」(In 1987 everything came together and he won the 500cc world championship, becoming the first Australian ever to do so=1987年に500cc世界チャンピオン・オーストラリア人初):sahof.org.au
- モリワキ公式 新製品情報「Z900RS/CAFE '26- Full Exhaust MONSTER」(現行製品にも続くMONSTERの名・2026年):moriwaki.co.jp
確認できていないこと
- 1981年鈴鹿8耐決勝でのモリワキ車の経緯(動画で紹介した転倒リタイアの一次資料)
- 森脇護氏のヨシムラでのメカニック経験・独学のエピソード(公式沿革に記載なし)
- 「世界初」について、レーシングマシン全体や他社少量生産車を含めた先行例の網羅的な検証
- 1983年ヨシムラ・モリワキ連合の予選・決勝の詳細記録
本記事のチェックポイント
- モリワキの出発点はヨシムラ製品の開発製造の請け負い(1973年・公式沿革)
- 「モンスター」の名は1979年、マフラーが先。 アルミZ1000が"MONSTER"と呼ばれるのはその後です
- 手順は鉄(1979)→アルミ(1981)。当時の記録では約20kgの軽量化
- 1981年鈴鹿8耐、無名のガードナーがポールポジション(2分14秒76・前年比約3秒更新)
- そのガードナーは1987年、500cc世界チャンピオンに
- 「世界初」は大型二輪車用としての限定付きで受け取るのが正確です
