148万円は高かったのか──RC30と同じ年のホンダ750を、公式リリースで並べる
1987年のVFR750R(RC30)は148万円。ところが同じホンダの750と公式リリースを並べると、最高出力は3台とも77PSで横並びでした。差額63万1000円が何に消えたのかを、当時の賃金統計まで含めて確かめます。
「148万円って、当時どれくらいの金額だったんだ」
1987年のホンダVFR750R——通称RC30の値札を見て、まずそこが気になった方は多いのではないでしょうか。先に結論を書きます。同じ年に同じホンダが売っていた750ccと公式リリースを並べると、最高出力は3台とも77PSで、まったく同じでした。 148万円払って増えた馬力は、1PSもありません。
そして148万円は、当時の大卒初任給のちょうど10か月分にあたります。この記事では、ホンダが当時出した公式ニュースリリースと、厚生労働省の賃金統計だけを使って、この値札が何を買っていたのかを確かめます。
同じ年のホンダの750を、公式リリースで並べる
まず数字です。すべてホンダ自身が当時出したニュースリリースの表記です。
| モデル | 発売 | 全国標準現金価格 | 最高出力 | 車両重量 | 販売計画(国内・年間) |
|---|---|---|---|---|---|
| VFR750F | 1986年4月1日 | 849,000円 | 77PS/9,500rpm | 221kg | 6,000台 |
| CBR750スーパーエアロ | 1987年2月10日 | 789,000円 | 77PS/9,500rpm | 224kg | 8,000台 |
| VFR750R(RC30) | 1987年8月31日 | 1,480,000円 | 77PS/9,500rpm | 201kg | 1,000台 |
いちばん安いCBR750と比べると、差額は691,000円。いちばん近い兄弟にあたるVFR750Fと比べても631,000円です。そのぶん何が増えたのかというと、減ったものしかありません。 VFR750Fより20kg、CBR750より23kg軽い。差額を重量差で割ると、1kgあたり約3万円を払った計算になります(631,000円÷20kg=31,550円)。
この「軽さしか増えていない」という構図が、RC30という車の性格をそのまま表しています。
なぜ3台とも77PSなのか
出力が横並びなのは偶然ではありません。当時の国内向け二輪車には、排気量ごとに最高出力の上限を設ける自主規制がありました。750ccは77PSです。
この自主規制は2007年に終わります。報道では、日本自動車工業会と国土交通省が、排気量別に10段階あった馬力の自主規制を廃止することで合意したとされています(レスポンス、2007年7月6日)。上限は最高で100馬力、400cc級で53馬力、250cc級で40馬力だった、とも書かれています。
ただし正直に書いておくと、この自主規制の協定文そのものは、公開された一次資料として確認できませんでした。 確認できたのは、上で並べた3台の公式リリースが揃って「77/9,500」と書いていることと、それが2007年に廃止されたという報道です。ここは「そういう上限があったと報じられていて、メーカーの公式諸元もそれと矛盾しない」という言い方までにとどめます。
いずれにせよ、日本の値札で馬力を比べても、RC30の高さは説明できません。 説明できるのは、中身の作り方のほうです。
148万円は、初任給の何か月分だったのか
ここが、この記事でいちばんお伝えしたかった部分です。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、1987年(昭和62年)の大卒初任給は、男性で148,200円でした(労働政策研究・研修機構がまとめた同調査の時系列データ)。
RC30の価格は1,480,000円。割ると9.99、つまり初任給ちょうど10か月分です。動画で「当時の大卒初任給が15万円程度」と紹介しましたが、統計の数字は148,200円で、ほぼそのとおりでした。
では今の10か月分はいくらか。同じ調査の令和6年(2024年)の数値は、大学卒の賃金が男女計で248.3千円、男性で251.3千円です。男性の数字で10か月分を作ると、約251万円になります。
そして2024年のホンダの大型スーパースポーツ、CBR1000RR-R FIREBLADEのメーカー希望小売価格は2,486,000円、SPが2,849,000円です。無印のほうは、初任給換算で約9.9か月分。
つまりRC30の148万円は、今のフラッグシップとほぼ同じ「初任給10か月分」の位置にあったということになります。べらぼうに高かったのは事実ですが、「常識外れの別世界の値段」ではなく、今も同じ場所に値札が置かれていると言ったほうが実態に近いようです。
コメント欄に「初任給は今と大差ない記憶が有るが」という声がありました。統計で見ると、1987年の148,200円に対して2024年は251,300円(いずれも男性・大卒)で、約1.7倍です。倍まではいかない、という意味では体感どおりですが、同じではありませんでした。
「1台売るたび赤字」は確認できたのか
ここは訂正が必要です。
動画では「この価格でも赤字だったと言われている」と紹介しました。ところが、ホンダの公式発表にも、確認できた範囲の公開資料にも、1台あたり赤字だったと示す記述は見つけられませんでした。 当時のニュースリリースは価格と諸元を淡々と書いているだけで、採算には触れていません。RC30を扱った専門メディアの記事にも、製造方法がコスト度外視だったという記述はあっても、赤字だと断定した記述は確認できませんでした。
分かっているのは、ホンダ自身が「チタン合金などの高価な軽量素材を多用した」と公式に書いていることです。リリースの前文は、こう始まります。
世界耐久選手権シリーズで、1985〜6年度の2年連続チャンピオンを獲得したレースマシン「ホンダ・RVF750」の高度な技術をもとに開発し、チタン合金などの高価な軽量素材を多用した
自社のリリースで「高価な」と書くのは、なかなか珍しい表現です。何にお金がかかったかも、そのまま書かれています。
- チタン合金製のコンロッド
- クロームモリブデン浸炭鋼製のカムシャフト
- アルミ製燃料タンクとFRP製フェアリング
- 極太の異形5角形断面材を使ったアルミ・ツインチューブ・バックボーンフレーム
- 片持ち式リアフォーク(プロアーム)
- ピストンリングを2本にして摩擦を減らし、圧縮比11対1を実現
「高価だ」とメーカー自身が認めていることと、「1台ごとに赤字だった」ことは、別の話です。前者は一次資料で確認できて、後者は確認できませんでした。 動画では後者まで踏み込んでしまったので、ここで訂正します。
レースで何を獲ったのか
RC30が何のために作られたかは、レースの結果を見るのがいちばん早いと思います。
スーパーバイク世界選手権(WorldSBK)の公式サイトには、こう書かれています。
It started in 1988 with the resplendent Honda RC30, which stormed to ten victories and two titles in Fred Merkel's hands.
1988年に始まったこの選手権で、RC30はフレッド・マーケル選手の手で10勝と2つのタイトルを挙げた、という記述です。同じく公式サイトの別の記事では、マーケル選手が1988年の初代王者となり、翌1989年にも連覇したこと、いずれもチーム・ルミのRC30だったことが書かれています。
市販車をベースにレースをする選手権で、最初の2年を市販車のほうから設計し直した1台が持っていったわけです。ホンダが「レースで得た技術を幅広く活かしている」とリリースに書いた順番は、実際には逆だったことになります。
いま、現物で確かめられること
RC30そのものを触れる機会はまずありませんが、RC30が148万円で買っていたものは、今どこにあるのかは確かめられます。
- 今のホンダのカタログを見てください。 CBR1000RR-R FIREBLADEの2020年のリリースには「高強度アルミ鍛造ピストンやチタンコンロッドなど、各パーツ類の徹底した軽量化」と書かれています。1987年に「高価な軽量素材」と特記されたチタンのコンロッドは、いまフラッグシップの標準装備です
- 車両重量の欄を見比べてください。 RC30は201kg。2024年のCBR1000RR-R FIREBLADE SPも、ホンダが同じ「車両重量」の欄に書いている数字は201kgです。違うのは最高出力で、77PSと218PS。37年でどこが進んだのかが、この2つの数字に出ています
- 自分のバイクのスイングアームを見てください。 片側だけで支える片持ち式なら、RC30が市販車に持ち込んだプロアームの子孫です。両持ちなら、RC30の軽さが何を捨てて作られたかを、そのまま比べられます
- メーターの回転計の赤い領域を見てください。 RC30の最高出力は9,500rpm。自分のバイクがどこで最大の力を出すかを取扱説明書やメーカーサイトの諸元表で確認すると、「高回転型」という言葉の中身が具体的になります
コメント欄から
この動画には、返信を含めて51件のコメントをいただきました。実際に所有されていた方の書き込みが多く、記事のほうが教わることになりました。
海外仕様・輸出仕様に触れたコメントは6件ありました。 そのうち、具体的な数字を挙げたものが1件です。
これは裏を取ろうとして、資料が割れました。専門メディアの記述は112PS/12,500rpm、英語圏の資料では112bhp/11,500rpmとなっていて、回転数が一致しません。 そしてホンダの日本語の公式資料で輸出仕様の出力を示したものは、見つけられませんでした。112という数字自体は複数の資料で一致していますが、どの回転数で出た値なのかは確認できていません。
はっきりしているのは、上で見たとおり国内仕様が77PSだったことと、それが当時の国内の上限と一致していることです。
実際に組んだ方、乗っていた方の証言も届いていました。
軽さとメンテナンス性は褒められ、乗りやすさは褒められていません。 耐久レースで速く走り、速く直すための設計だと考えると、どちらの証言も筋が通っています。ホンダがリリースで「軽量化と整備性の向上を実現」「高剛性とすぐれた整備性を実現」と、整備性を2回書いているのも、たまたまではなさそうです。
組み立ての精度について、当時のトルク管理の厳しさを具体的に書いてくださった方もいました。熟練工が1台ずつ手で組んだという話は、きれいな逸話としてだけでなく、整備する側の苦労としても記憶されているようです。
ライバルの名前も5件挙がりました。 ヤマハのOW-01(FZR750R)と、ドゥカティの888です。RC30が1988・89年を取ったあと、選手権の主役が移っていく流れは、また別の記事で扱いたいと思います。
出典
引用元
- Honda公式ニュースリリース「高度な技術や素材を広範にわたり採用したハイグレードなスーパースポーツバイク『ホンダ・VFR750R』を発売」(1987年7月24日。8月31日発売/全国標準現金価格1,480,000円/販売計画1,000台/最高出力77PS・9,500rpm/車両重量201kg/748cm³・70.0×48.6mm・圧縮比11.0/チタン合金製コンロッド・クロームモリブデン浸炭鋼製カムシャフト・アルミ製燃料タンク・FRP製フェアリング・アルミツインチューブバックボーンフレーム・片持ち式リアフォーク=プロアーム/前310mmフローティングダブルディスク):global.honda
- Honda公式ニュースリリース「水冷4サイクルDOHC4気筒エンジン搭載の『ホンダ・CBR750スーパーエアロ』を発売」(1987年1月28日。2月10日発売/789,000円/販売計画8,000台/77PS・9,500rpm/車両重量224kg):global.honda
- Honda公式ニュースリリース「水冷4サイクルV型4気筒エンジン搭載のロードスポーツバイク『ホンダ・VFR750F』と『ホンダ・VFR400R/Z』を発売」(1986年3月20日。4月1日発売/849,000円/販売計画6,000台/77PS・9,500rpm/車両重量221kg):global.honda
- Honda公式ニュースリリース「大型スーパースポーツモデル『CBR1000RR-R FIREBLADE』『CBR1000RR-R FIREBLADE SP』をフルモデルチェンジし発売」(2020年3月5日。高強度アルミ鍛造ピストンやチタンコンロッドなど各パーツ類の徹底した軽量化/218PS/車両重量201kg):global.honda
- Honda公式ニュースリリース「『CBR1000RR-R FIREBLADE』『CBR1000RR-R FIREBLADE SP』の仕様を変更し発売」(2024年2月22日。メーカー希望小売価格2,486,000円/SPは2,849,000円/218PS・14,000rpm/車両重量200kg・SPは201kg):global.honda
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の時系列データ(労働政策研究・研修機構による整理。昭和62年=1987年の大卒初任給は男性148.2千円・女性142.7千円):jil.go.jp
- 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概況」(新規学卒者の賃金は大学卒で男女計248.3千円・男251.3千円・女244.9千円):mhlw.go.jp
- WorldSBK公式サイト(1988年にRC30が登場し、フレッド・マーケルの手で10勝と2タイトル/マーケルは1988年の初代王者で翌年連覇、いずれもチーム・ルミのRC30):worldsbk.com
- レスポンス「バイクの馬力規制も撤廃へ 専門紙報道」(2007年7月6日。日本自動車工業会と国土交通省が馬力自主規制の廃止で合意/排気量別に10段階・上限100馬力・400cc級53馬力・250cc級40馬力/2004年6月の四輪280馬力規制廃止に次ぐもの):response.jp
- RIDE HI「RC30(VFR750R)は国内1,000台を148万円の抽選で瞬時に完売!」(輸出仕様は112PS/12,500rpm):ride-hi.com
確認できていないこと
- 「1台売るたび赤字」だったこと。 ホンダの公式発表にも、確認できた公開資料にも、採算に関する記述は見つけられませんでした。公式に確認できるのは「チタン合金などの高価な軽量素材を多用した」という表現までです
- 輸出仕様112PSの回転数。 資料によって11,500rpmと12,500rpmに分かれており、ホンダの日本語の公式資料では確認できませんでした
- 馬力自主規制の協定文そのもの。 廃止の報道は確認できましたが、当時の合意内容を示す公開文書には到達できませんでした
- 国内1,000台に対する応募台数。 「数倍の応募」と紹介しましたが、応募総数を示す一次資料は確認できていません
- 初任給の男女差について。 本文では1987年の男性の数値(148.2千円)で換算しています。女性は142.7千円で、換算すると約10.4か月分になります
- 車両重量の定義が37年間まったく同じかどうか。 本文では、ホンダが両方の公式リリースで「車両重量」として書いている数字どうしを比べています。この欄の定義が当時と現在で完全に一致しているかまでは確認していません
本記事のチェックポイント
- 同じ年のホンダの750は、VFR750F・CBR750・RC30とも最高出力77PSで横並び。148万円で増えた馬力は1PSもありません
- 差額631,000円で減ったのは20kg。1kgあたり約3万円を払った計算になります
- 148万円は当時の大卒初任給の約10.0か月分。今のCBR1000RR-R FIREBLADEも約9.9か月分で、値札の置き場所は変わっていません
- 「1台売るたび赤字」は一次資料で確認できませんでした。 確認できるのは「高価な軽量素材を多用した」というホンダ自身の表現までです
- チタンのコンロッドは、いまフラッグシップの標準装備。1987年の贅沢がどこへ行ったかは、今のカタログで確かめられます
