0.8mmは「安全の限界」ではない──ブリヂストンは「現れる前に交換」と書いている
二輪タイヤの法定残溝0.8mmを定めた告示の条文を原文で確かめ、なぜメーカーが「スリップサインが現れる前の交換」を求めているのかを整理しました。「真ん中さえ残っていればいい」が条文上どうなるかも確認しています。
「あの三角、飾りじゃなかったのか」
タイヤの側面にある小さな△。動画で取り上げたところ、29万回再生されました。あの印を目印に主溝の底を見ると、小さなこぶがあります。それがスリップサインです。
ここまでは動画のとおりです。ただ、動画では言い切れなかった大事なことが、ひとつ残っています。
0.8mmは「そこまでなら安全に走れる」という線ではありません。「そこから先は違法になる」という線です。 この2つは、まったく違うものです。
ブリヂストンの二輪車用タイヤの公式ページには、こう書かれています。
スリップサインが表面に現れる前に新品タイヤに交換をお願いいたします
「現れたら交換」ではなく「現れる前に交換」です。日本ミシュランタイヤも同じで、「摩耗が法定限度に達する前に新しいタイヤに交換してください」と案内しています。作っている側は、法定限度のずっと手前を交換時期と考えているわけです。
0.8mmという数字は、どこに書いてあるのか
根拠は道路運送車両法ではなく、その下にある道路運送車両の保安基準の細目を定める告示です。使用過程車について定めた第167条第4項第2号に、こうあります。
接地部は滑り止めを施したものであり、滑り止めの溝(中略)は、空気入ゴムタイヤの接地部の全幅(中略)にわたり滑り止めのために施されている凹部(サイピング、プラットフォーム及びウエア・インジケータの部分を除く。)のいずれの部分においても1.6mm(二輪自動車及び側車付二輪自動車に備えるものにあっては、0.8mm)以上の深さを有すること。
条文はひとつです。その中の括弧書きで、二輪自動車と側車付二輪自動車だけが0.8mmに分けられています。 コメント欄で「車は1.6mmでは?」という指摘をいただきましたが、そのとおりで、同じ条文の本文と括弧の関係にあたります。
そして条文はこう続きます。
この場合において、滑り止めの溝の深さについての判定は、ウエア・インジケータにより判定しても差し支えない。
ウエア・インジケータというのが、スリップサインの法令上の呼び名です。つまりスリップサインは「参考の目印」ではなく、条文が判定手段として認めている物差しでした。
なお、二輪がなぜ四輪の半分の0.8mmなのか、その理由を説明した公的資料は見つけられませんでした。 接地面積の違いだろう、といった説明を見かけますが、告示にも審査事務規程にも根拠は書かれていません。ここは「確認できていない」と正直に書いておきます。
「真ん中さえ残っていれば通る」は、条文上そうならない
コメント欄でいただいた疑問のなかで、いちばん実用的だったのがこれです。
側面はツルツルでも真ん中さえ溝が残っていれば車検通るよね
まず言葉の整理から。ここでいう「側面」がサイドウォール(タイヤの横っ腹)のことなら、そもそも溝の深さを測る対象ではありません。 条文が見ているのは、路面に接するトレッド面の溝だけです。以下は「トレッドの端のほう」という意味で読みます。
そのうえで条文を読むと、そうはなっていません。鍵になるのは2つの言葉です。
- 接地部の全幅にわたり
- いずれの部分においても
判定の対象になる溝が、どこか1か所でも0.8mmを下回れば、その時点で基準を満たしません。 バイクは四輪と違って、まっすぐ走る使い方が続けばセンターだけが平らに減り、峠を走れば端だけが減ります。片減りしている車両ほど、この「いずれの部分においても」が効いてきます。
ここで括弧書きの意味も分かります。判定から除外されるのは「サイピング、プラットフォーム及びウエア・インジケータの部分」。細かい切れ込み(サイピング)や、スリップサインそのものの盛り上がり、そして冬用タイヤのプラットフォームは、主溝の残り深さとは別物なので数えない、ということです。
プラットフォームについては、コメント欄で「3.2mm」という数字が出ていました。プラットフォームが必ず3.2mmで現れる、というわけではありません。 ブリヂストンの説明では、プラットフォームは新品時の溝の深さの半分まで摩耗すると現れる突起で、雪や氷の上での性能の限界を示すものです。何mmになるかは、そのタイヤの新品時の溝の深さによって変わります。
2点・7,000円は、何の違反として扱われるのか
動画で挙げた点数と反則金も、条文をたどっておきます。
タイヤの基準は、保安基準の第9条・走行装置に置かれています。ここに適合しない状態で走れば、道路交通法第62条の整備不良車両の運転の禁止に触れます。
- 罰則は、法第119条第2項第2号で3月以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金
- 反則金で処理される場合、道路交通法施行令の別表では「自動車等整備不良(制動装置等)」の区分に入り、二輪車7,000円/原付等6,000円(普通車9,000円・大型車12,000円)
- 違反点数は同じ区分で2点
「制動装置等」という名前ですが、この区分の定義には制動装置、かじ取装置、走行装置、自動運行装置又は騒音防止装置と明記されています。タイヤは走行装置の側に置かれているので、こちらに入ります。 尾灯などの1点・6,000円の区分とは別です。
そしてもうひとつ。条文が禁じているのは「交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等」を運転することです。罰金や反則金は結果であって、法律が本当に止めたいのは危険な状態そのもの、という順番になっています。
原付は、同じ0.8mmとは限りません
ここに、動画では触れられなかった区別があります。書いておかないと誤解を広げてしまうので、正直に足します。
告示の0.8mmは「二輪自動車及び側車付二輪自動車」に向けた数字です。そして道路運送車両法の世界では、総排気量125cc以下は原動機付自転車に区分され、二輪自動車ではありません。
原動機付自転車の保安基準は別の章に置かれています。該当する第60条は「接地部及び接地圧」で、その細目告示(第241条・第273条)に書かれているのは「接地部は、道路を破損する恐れのないものであること」と接地圧の上限だけでした。溝の深さを定めた条文は、こちらでは見つけられませんでした。
つまり、125cc以下の原付一種・二種について「残溝0.8mm」と言い切る根拠は確認できていません。 上に挙げた反則金の「原付等6,000円」も、整備不良と判断されたときの車種別の金額であって、溝が何mmから整備不良になるかを決めた数字ではありません。
もちろん、溝の消えた原付が安全だ、という話ではまったくありません。 法第62条が禁じているのは「交通の危険を生じさせるおそれがある車両等」の運転で、これは排気量に関係なく効きます。基準の条文が見つからないことと、走っていいことは別です。
いま、現物で確かめられること
道具はなくても、今日ガレージでできます。
1. 側面の印を探す 主溝の底のこぶは小さくて見つけにくいので、まず側面の印を探します。多くの銘柄は△(三角)、ミシュランはサイドウォール上部のミシュランマン(ビバンダム)のマークがスリップサインの位置を示しています。印を見つけたら、そこから主溝をまっすぐたどってください。
2. こぶと接地面の段差を見る こぶの頭が接地面と同じ高さに並んでいたら、その溝はもう0.8mmです。段差が指の腹で分からなくなってきたら、そこが交換時期の入り口だと考えたほうが安全です。
3. 1か所で判断しない 条文が全幅を見ている以上、こちらも全幅を見ます。センター、左右のショルダー、そして前後輪。 特にリアのセンターと、フロントの端は減り方が違います。
そしてもうひとつ。接地している面は、そのままでは見えません。 センタースタンドがない車両なら、少し押して転がしながら1周ぶんを見てください。摩耗は円周方向にも均一ではありません。
4. 溝より先に、傷を見る 条文には溝と別に、亀裂、コード層の露出等著しい破損のないものであることという項目があります。コード(ワイヤー)が見えていたら、溝が何mm残っていようと、その時点でアウトです。コメント欄でも、この指摘に多くの賛同が集まりました。
5. 側面の4桁を読む
サイドウォールに刻まれた4桁の数字が製造年週です。ブリヂストン公式の例では、4311 なら2011年の第43週(10月下旬)製造。前2桁が週、後ろ2桁が西暦の下2桁で、この刻印はタイヤの片側にしか入っていません。
溝は残っていても、ゴムは年月で硬くなります。日本ミシュランタイヤは、5年以上経過したタイヤは専門店での点検を、製造後10年を超えたタイヤは、スリップサインに達していなくても交換をすすめています。
コメント欄から
この動画には、返信も含めて72件のコメントをいただきました。そして、いちばん賛同が集まったのは、法律の話ではありませんでした。
整備不良以前に そこまで使うと滑るから私は無理
この一言が、記事の結論とそのまま重なります。 メーカーが「現れる前に交換」と書いている理由を、乗り手の側から言い直すとこうなる、ということだと思います。
何も排水で溝が浅くなるどうのじゃなくて、厚みの無くなったゴムは前後左右のたわみでの路面追従の限界が低くなるから危ないと言う事。 平たく言えばグリップ力そのものが低下していると言う事。
溝の役割を排水だけで説明したのは、動画の言葉足らずでした。 ただ、ゴムの厚みと路面追従の関係を数字で示した公的資料は見つけられていないので、ここはメーカーの記述の範囲で書いておきます。日本ミシュランタイヤは、溝が浅い状態について「路面へのグリップ力が失われ」「雨の日にはその危険性が高まります」と説明しています。排水だけの話ではない、という指摘の向きは、公式の記述とも合っています。
ワイヤー露出なんかとても危険が危ない😨 見たら即交換。
ワイヤー(コード層)の露出に触れたコメントは、返信を含めて11件ありました。 上で書いたとおり、これは溝とは別の条項で明確に不適合です。「溝を見る」より先に「傷を見る」ほうが、順番としては正しいのかもしれません。
オートバイのタイヤは4輪車と違いタイヤ摩耗に依る変形がハンドリングに与える影響がとても大きい。(中略)新品と比べ形が変る程減ったら交換が良い。
「溝の深さ」ではなく「断面の形」で見る、という視点です。 法令は深さしか定めていないので、これは条文の外側の話になります。ただ、センターが平らになったバイクの倒し込みが素直でなくなるのは、多くの方が経験されているのではないでしょうか。
溝を「見る」から「測る」へ
段差が分からなくなってきたら、あとは測るしかありません。日本ミシュランタイヤも「必要に応じてタイヤ溝ゲージを使用し、残溝の深さを正確にチェックしてください」と案内しています。
PR
タイヤ溝ゲージ(デプスゲージ)
二輪の判定は0.8mm。目盛りが0.5mm刻み以下のものを選ばないと、限界付近の判断ができません。四輪と兼用するなら1.6mmの目印があるものが便利です。細い主溝に入る先端の幅かどうかも、購入前に商品ページで確認してください。
価格・在庫・適合は変わります。購入前に販売ページでご確認ください。
出典
引用元
-
道路運送車両の保安基準の細目を定める告示 第167条(走行装置)第4項第2号・第3号(接地部の全幅/いずれの部分においても1.6mm、二輪自動車及び側車付二輪自動車は0.8mm/ウエア・インジケータによる判定/亀裂、コード層の露出等):国土交通省 S167.pdf
-
独立行政法人自動車技術総合機構 審査事務規程 7-11・8-11 走行装置(同基準の審査上の取扱い):naltec.go.jp
-
道路交通法 第62条(整備不良車両の運転の禁止)、第119条第2項第2号(3月以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金):e-Gov 法令検索
-
道路交通法施行令 別表第二・別表第六(自動車等整備不良(制動装置等)の定義=制動装置、かじ取装置、走行装置、自動運行装置又は騒音防止装置/2点/二輪車7,000円・原付等6,000円):e-Gov 法令検索
-
ブリヂストン公式「タイヤの交換時期と日常点検」(スリップサインが表面に現れる前に新品タイヤに交換をお願いいたします/残り溝0.8mm):bridgestone.co.jp
-
ブリヂストン公式「タイヤ製造年と週」(サイドウォールの4ケタの刻印/
4311は2011年第43週/刻印は片側のみ):bridgestone.co.jp -
日本ミシュランタイヤ公式「モーターサイクル用タイヤの摩耗に伴う交換時期」(法定限度は残溝0.8mm/サイドウォール上部のミシュランマンがスリップサインの場所を示す/5年以上は点検、製造後10年超は交換推奨):michelin.co.jp
-
日本ミシュランタイヤ公式「スリップサインの見方は?」(四輪は1.6mm/溝が浅いとグリップが失われ雨の日に危険が高まる/溝ゲージの使用):michelin.co.jp
-
ブリヂストン公式ブログ「スタッドレスタイヤ、その寿命を判断するポイント」(プラットホームは新品時から50%摩耗の目安):bridgestone.co.jp
-
道路運送車両の保安基準 第9条(走行装置等・自動車に適用)、第60条(接地部及び接地圧・一般原動機付自転車に適用):e-Gov 法令検索
-
同 細目告示 第241条・第273条(原動機付自転車の接地部及び接地圧。接地圧の上限のみで、溝の深さの規定はない):S241.pdf / S273.pdf
確認できていないこと
- 原動機付自転車(総排気量125cc以下)のタイヤの溝の深さを定めた条文。 保安基準の該当章と細目告示を確認しましたが見つけられませんでした。本記事の0.8mmは、二輪自動車および側車付二輪自動車についての数字です
- 二輪の基準が四輪の半分(0.8mm)に定められた理由。 告示にも審査事務規程にも説明はなく、公的な解説を見つけられませんでした
- 溝の深さとゴムの路面追従性の関係を数値で示した公的資料。 本文はメーカーの記述の範囲にとどめています
- 反則金・点数は本記事執筆時点の政令の内容です。実際の適用は現場の判断によります
本記事のチェックポイント
- 0.8mmは違法になる線であって、安全に走れる限界ではありません
- この0.8mmは二輪自動車・側車付二輪自動車の数字です。125cc以下の原付について同じ規定は確認できませんでした
- ブリヂストンもミシュランも、法定限度に達する前の交換を求めています
- 条文は接地部の全幅のいずれの部分においてもと定めており、中央だけ残っていても足りません
- コード層の露出は、溝とは別の条項で不適合です。溝より先に傷を見てください
- 側面の4桁の刻印で製造年週が分かります。溝が残っていても、ゴムは年月で硬くなります
