「ナトリウムは水で燃える」は、この電池では起きない──金属を使う電池と、使わない電池
コメント欄でいちばん多かった「水に触れたら爆発するのでは」という疑問に、消防法の条文とメーカー公式の資料で答えます。金属ナトリウムを使うNAS電池と、使わないナトリウムイオン電池は別物でした。
「ナトリウムって、水に入れると燃えるやつだよね?」
鉛でもリチウムでもない「第3のバッテリー」を紹介した動画は、28万回再生されました。そして返信を含めて135件いただいたコメントのうち、9件が同じ心配を書いてくださいました。転倒してケースが割れて、雨に濡れたらどうなるのか、と。
結論から書きます。その心配は、金属ナトリウムについては正しく、ナトリウムイオン電池には当てはまりません。 ただし当てはまらないのは「電極の金属ナトリウムが水と反応して燃える」という筋書きのことで、破損したバッテリー全般が安全だ、という意味ではありません。 ナトリウムを使う電池には2種類あって、金属のかたまりを電極に置くものと、イオンのやり取りだけで動かすものがあります。動画で扱ったのは後者です。
そして正直に書いておくと、動画では「ナトリウムバッテリー」と縮めて呼んでいました。 尺と字幕の都合でしたが、この省略がコメント欄の混乱を招いた面があります。正しくはナトリウムイオンバッテリーです。
「水で燃える」ナトリウムは、法律でどう扱われているか
まず、心配のほうが根拠のない話ではないことを確かめておきます。
消防法の別表第一を見ると、第三類の「自然発火性物質及び禁水性物質」という区分の品名に、こう並んでいます。
一 カリウム 二 ナトリウム 三 アルキルアルミニウム 四 アルキルリチウム 五 黄りん
同じ表の備考には、自然発火性物質及び禁水性物質の定義として「水と接触して発火し、若しくは可燃性ガスを発生する危険性」を判断する試験に基づく、と書かれています。
つまり金属としてのナトリウムは、消防法上はっきりと禁水性の危険物です。 ここでいうナトリウムは、食塩のようなナトリウム化合物一般のことではありません。コメント欄で「ナトリウムもリチウムも禁水性の危険物なんやが…」と書いてくださった方は、金属としての話であれば、法令の分類として正確でした。
問題は、バッテリーの中にその金属ナトリウムが入っているのかどうかです。
金属を使う電池は、実在する
ここが面白いところで、金属ナトリウムをそのまま使う電池は、日本に実在しました。
NGK(旧・日本ガイシ)のNAS電池です。公式ページの説明はこうです。
NAS電池は、負極(マイナス極)にナトリウム(Na)、正極(プラス極)に硫黄(S)、両電極を隔てる電解質にファインセラミックスを用いて、硫黄とナトリウムイオンの化学反応で充放電を繰り返す蓄電池(二次電池)です。
放電時の説明も明快です。「負極のナトリウム(Na)が電子を放出してナトリウムイオン(Naイオン)になり、固体電解質を通過して正極に移動します」。負極には金属のナトリウムがいる、と公式が書いています。しかもこの電池は、セルの中を高温に保ってナトリウムと硫黄を液体の状態で使います。
これはメガワット級の電力貯蔵システムで、20フィートコンテナに収めて定格出力800kW・定格容量4,800kWhという規模のものです。バイクに積むような代物ではありません。
なお、コメント欄で「日本ガイシは撤退しちゃったね」と書いてくださった方がいました。これは事実でした。 NGKは2025年10月31日の取締役会で、NAS電池の製造・販売活動を終了し新規受注を行わない方針を決定した、と公式に告知しています。
ナトリウムイオン電池は、金属を電極に置いていない
いっぽう、バイク用として売られているほうの電池は、リチウムイオン電池のナトリウム版です。
東京理科大学の研究発表では、こう説明されています。
ナトリウムイオン電池の負極には、リチウムイオン電池の負極である黒鉛が使えないので、その代わりにハードカーボンが使われます。
ハードカーボンというのは炭素材料で、その微細な隙間にナトリウムイオンが出たり入ったりします。電極として置かれているのは炭素であって、金属ナトリウムの塊ではありません。 正極側もナトリウムを含んだ化合物で、充放電のあいだ、ナトリウムはイオンとして正極と負極を往復します。
コメント欄に、これを一行で言い切った方がいました。
本当にナトリウム塩をつかってるのか? ナトリウムイオンバッテリーの事を言ってるなら、水素エンジン車を水で走る車って言ってるようなもんだぞ。
言い方は厳しいですが、指摘としては正しいと思います。 「ナトリウム=あの金属」と読み替えてしまうと、話が丸ごとずれます。
ただし、ここは正直に線を引いておきます。「金属ナトリウムを電極に置いていないから、どんな条件でも絶対に安全」とまでは言えません。 リチウムイオン電池も金属リチウムを電極に置いてはいませんが、それでも発火事故は起きています。電池の安全性は、材料の名前だけで決まるものではありません。 使い方、保護回路、製造品質でも変わります。 言えるのは、「水に濡れたら、電極の金属ナトリウムが反応して燃える」という筋書きは当てはまらない、というところまでです。
スペックとして確かめられること
ナトリウムイオン電池そのものの実力は、車載用の量産品で数字が出ています。中国CATLが2025年4月に発表した「Naxtra」は、公式リリースでこう書いています。なお、これは四輪EV用のセルの話で、バイク用として売られている製品とは別のものです。 化学としての傾向をつかむための数字として読んでください。
- エネルギー密度 175Wh/kg(同社いわく、ナトリウムイオン電池として世界最高)
- -40℃でも使用可能な電力の90%を保持
- 10,000サイクル以上
低温に強い、という点は、CATLもOUTDOも製品の強みとして打ち出しています。 ナトリウムイオン電池ならどれでもそうだ、という意味ではありません。 コメント欄でいちばん賛同が集まったのも、この方向の指摘でした。
ナトリウムイオンの1番のメリットは完全放電(0v)okな所やな 低温耐性も良き
冬に端子を外し忘れて春に泣く、という話がコメント欄にいくつも並びました。0Vまで落ちても再充電で戻る、というのは、バイクにとってはエネルギー密度より嬉しい特性かもしれません。
いっぽうで、大きさと重さでリチウムに負けるという指摘も複数ありました。少なくとも、重さでも大きさでもリチウム系を常に上回る、とは言えません。 上で挙げた175Wh/kgは重量あたりの数字で、体積あたりの密度はまた別に見る必要があります。
買う前に確かめる、4つの条件
本記事執筆時点で、バイク用のナトリウムイオンバッテリーを型番別に展開しているのは、確認できた範囲ではOUTDO(総代理店は株式会社ナヴィック)です。同社の公式サイトには、自社で弱点を書いた記事があります。 そこから、買う前に確認すべき条件を拾っておきます。以下の数値はすべてメーカーの公式資料および自社試験に基づくもので、こちらで独立に検証したものではありません。
1. 充電器には条件がある 専用充電器は不要とされていますが、どれでもいいわけではありません。公式の条件は、12V車・バイク用の充電器であること/最大充電電圧が15V以下であること/過充電防止機能(自動ストップ・維持充電機能)があることの3点です。手持ちの充電器がこれを満たすかは、買う前に仕様表で確認する必要があります。
2. 「自己放電が少ない」には前提がある 電池単体の自己放電は少なくても、車両に載せれば暗電流が流れます。公式の説明でも、暗電流がほとんど流れない車両なら12か月以上放置できるが、電装品が多い車両や微弱な漏電がある車両では数週間で残量が低下する場合があるとされています。
3. 現時点では二輪車専用 四輪は始動に必要な電流値(CCA)やオルタネーターの発電特性が異なるため、四輪への使用は推奨されていません。
4. 初期費用は鉛より高い これはメーカー自身が「正直に挙げられる最大のデメリット」として書いています。
動画のあとで分かったこと──価格について
動画の公開は2026年1月13日で、当時はまだ現物が届く前でした。コメント欄で価格を聞かれたとき、目安として「ナトリウム:約1.2万〜2.5万円」とお答えしています。
この数字は、いま見ると低すぎました。 本記事を書いている2026年9月3日時点で、OUTDO公式ストアの掲載価格は11製品で18,810円〜51,590円。原付クラスの小さいサイズが2万円前後、大型車向けのYTX30L-BS互換は5万円台です。「リチウムより割安」という位置づけ自体はメーカーの比較でも維持されていますが、当時お伝えした上限を超える製品が並んでいます。 ここは訂正しておきます。
コメント欄でも、実はこの点は最初から指摘されていました。
アマゾン見てきたけど値段高くて草
いま、現物で確かめられること
工具箱を開ける前に、5分でできることがあります。
1. いま載っているバッテリーの型番を読む
YTX9-BS YTZ10S YB14L-A2 のような英数字が本体に書かれています。互換品を探すときの出発点はここだけです。サイズと端子の左右(L/R)も合わせて見ておきます。
2. 手持ちの充電器の仕様を見る 本体か取扱説明書に、最大充電電圧が書かれています。15Vを超えるものは条件から外れます。「自動停止」「フロート充電」「維持充電」といった記載があるかも確認してください。
3. 電圧を測ってみる エンジンを止めて数時間おいた状態で、テスターを端子に当てます。走行直後は数値が上がっているので、そのときの値では判断できません。 大事なのは1回の値より、月ごとの推移です。
4. 暗電流の心当たりを数える ETC、ドラレコ、USB電源、盗難防止装置。後から付けた電装品の数だけ、放置できる期間は短くなります。 これはバッテリーの種類を変えても消えません。
なお、暗電流そのものを測るにはバッテリーの端子を外し、そこにテスターを直列に割り込ませる必要があります。手順を誤るとテスターのヒューズが切れますし、車両によってはECUの学習値が消えます。まずは「何を後付けしたか」を数えるところまでで十分だと思います。
コメント欄から
135件のコメントは、想像していたよりずっと専門的でした。
ナトリウム金属はリチウム並みに発火する物質だったりする。 塩=ナトリウムではない。
この指摘は正確です。 そして本文で見たとおり、消防法でも金属ナトリウムは第三類の禁水性物質に分類されています。動画のコメント返信で「塩化ナトリウムではないのでご安心を」と答えたのは、答えとしてずれていました。 心配されていたのは食塩ではなく、金属ナトリウムのほうです。答えるべきだったのは、この電池は金属ナトリウムを電極に置いていないという一点でした。
(前略)大きさの割に9000mAhだったのでエネルギー密度はリチウムイオンの半分で鉛蓄電池よりは良く、サイクル回数も鉛蓄電池寄りなのでリチウムと鉛蓄電池のいいところを少しづつ取った様な電池でした。
モバイルバッテリー製品を実際に手にした方の観察です。 ここで注意したいのは、用途によって「どの数字が効くか」が違うこと。 手のひらに載せるモバイルバッテリーでは体積あたりの容量がすべてですが、バイクのバッテリーケースはもともと鉛の寸法に合わせて作られています。 枠が決まっている以上、そこに収まりさえすれば、優先されるのは冬の始動性や放置耐性のほうになります。
充電器が鉛用でもリチウム用でも良いのがデカい リチウムイオンバッテリーにすると充電器も一緒に買わなきゃダメだからなぁ
ここは半分だけ当たりです。 メーカーの公式FAQは「専用の高価な充電器を新調する必要はない」としつつ、15V以下・過充電防止機能ありという条件を明記しています。手持ちが古い鉛用充電器なら、その仕様を確かめてからのほうが安全です。
mas電池を市販してた 日本ガイシは撤退しちゃったね。 なんか残念だな
この情報は正しく、NGKの公式告知で確認できました。 ただし正確には、製造・販売活動の終了と新規受注を行わない方針であって、既設のシステムがすぐ消えるという話ではありません。本文で書いたとおり、NAS電池はバイク用のナトリウムイオンバッテリーとは別の技術ですが、日本発のナトリウム電池がひとつ、新規の受け口を閉じたのは事実です。
交換の前に、測っておく
バッテリーの状態は、始動性、負荷をかけたときの電圧、内部抵抗など、いくつもの角度から見られます。ただ、道具ひとつで今日から始められるという意味では、電圧の推移を追うのがいちばん現実的です。新しい化学の電池を検討する前に、いまの数字を知っておくほうが順番としては先だと思います。
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デジタルマルチテスター(12V電装の点検用)
端子に当てて電圧を見るだけなら、直流20Vレンジがあれば足ります。将来的に暗電流も測りたい場合は「10A対応の電流レンジ」の有無を先に見てください(ただし暗電流の測定は端子を外す作業になります)。ワニ口クリップが別売りの製品もあるので、付属品の欄も確認を。
価格・在庫・適合は変わります。購入前に販売ページでご確認ください。
出典
引用元
- 消防法 別表第一 第三類(自然発火性物質及び禁水性物質/二 ナトリウム/備考八「水と接触して発火し、若しくは可燃性ガスを発生する危険性」):e-Gov 法令検索
- NGK株式会社(旧・日本ガイシ)公式「NAS電池(販売終了)」(負極にナトリウム(Na)、正極に硫黄(S)/固体電解質/2025年10月31日開催の取締役会において、NAS電池の製造・販売活動を終了し、新規受注の獲得を行わない方針を決定/コンテナ型 定格出力800kW・定格容量4,800kWh):ngk.co.jp
- 東京理科大学 プレスリリース「ナトリウムイオン電池の負極材料開発に光」(ナトリウムイオン電池の負極には、リチウムイオン電池の負極である黒鉛が使えないので、その代わりにハードカーボンが使われます):tus.ac.jp
- CATL 公式ニュース「Naxtra Battery Breakthrough & Dual-Power Architecture」(エネルギー密度175Wh/kg/-40℃で使用可能な電力の90%を保持/10,000サイクル以上):catl.com
- OUTDO ジャパン公式「ナトリウムイオンバッテリーのデメリットは?正直な弱点と選び方」(充電器の3条件=12V車・バイク用/最大充電電圧15V以下/過充電防止機能あり。暗電流の注意。二輪車専用設計。初期費用が最大のデメリット):outdo.jp
- OUTDO ジャパン公式「バイク用ナトリウムイオンバッテリーの特長」および製品一覧(掲載価格は2026年9月3日時点で11製品・18,810円〜51,590円):outdo.jp
確認できていないこと
- OUTDO製品の性能値(-25℃始動、3,000サイクル、18か月保管、最大18Vの過電圧耐性など)は、すべてメーカーの公式資料および自社試験に基づく値です。第三者機関による検証結果は確認できていません
- ナトリウムイオン電池全般の安全性を、リチウムイオン電池と定量的に比較した公的資料は見つけられませんでした。本文は「電極に置かれた金属ナトリウムが水と反応する、という筋書きは当てはまらない」という範囲にとどめています
- 異常な使用条件で負極表面に金属が析出しうるかどうかは、リチウムイオン電池では広く議論がありますが、ナトリウムイオン電池について公的な資料では確認できていません。本文で断定していないのはそのためです
- バイク用ナトリウムイオンバッテリーの長期の実使用データは、市販開始からの期間が短く、まだ十分にありません
- 価格・ラインナップは本記事執筆時点のものです
本記事のチェックポイント
- ナトリウムを使う電池には、金属のかたまりを電極に置くものと、イオンのやり取りだけで動かすものがあります
- 消防法が禁水性の危険物としているのは単体の金属ナトリウムのほうです
- バイク用のナトリウムイオンバッテリーは負極がハードカーボンで、金属ナトリウムを電極材料として使う電池ではありません
- ただし「材料の名前が違う=どんな条件でも安全」ではありません。言えるのは筋書きが当てはまらない、というところまでです
- 買う前に見るのは、手持ちの充電器が15V以下・過充電防止つきかどうか。ここが最初の関門になります
