クロスプレーンが消しているのは「爆発の力」ではない──ヤマハ公式の説明
不等間隔爆発で知られるクロスプレーンですが、ヤマハ公式の説明で主役になっているのは慣性トルクという別の力でした。何を打ち消しているのか、原文から整理します。
「不等間隔爆発だから、あの音がする」
クロスプレーンの説明として、よく聞く言い方です。ただ、ヤマハ公式の技術解説を読むと、主役になっているのは爆発の話ではありません。
出てくるのは「慣性トルク」という、あまり耳慣れない力です。順番に見ていきましょう。
爆発していなくても、クランクは乱れている
まず前提から。ヤマハの説明を引用します。
ピストンに働く慣性力は回転中のクランクの位置(角度)によって異なり、クランクピンが上半分を回るときは上向き、下半分を回るときは下向きに働きます。 またクランク回転を増速させる領域と減速させる領域があります。
ここが出発点です。
ピストンは、上下に往復しています。 上がって、止まって、下がって、また止まる。止まって向きを変えるたびに、そこには力がかかります。
物には重さがあり、動いているものは止まりたがらない。この「動きたがる力」が、クランクの回り方を乱しているわけです。
そして厄介なのは、燃焼とは関係なく起きているということです。エンジンをかけずに手で回しても、この乱れは発生します。
上死点・下死点で速く、90度・270度で遅い
具体的にどう乱れるのか。ヤマハの説明はこう続きます。
クランク回転速度は、増速から減速に移る上死点と下死点で最も速く、一方減速から増速に移る90°と270°では遅くなります。この回転変動がクランク1回転で2回発生し、慣性トルク変動となります。
つまり、クランクは一定の速さで回っていません。 1回転するあいだに、速い・遅い・速い・遅いを繰り返している。
そして4気筒になると、こうなります。
180度クランク4気筒では、1・4番、2・3番の各コンロッドとクランクが同様に動くので回転変動の増/減速領域も倍になり、慣性トルクの変動は4気筒分で4倍となります。
4気筒が全員そろって同じ方向に乱している。
普通の並列4気筒は、1・4番と2・3番が対になって同じ動きをします。打ち消し合うどころか、足し算になっているわけです。
ここが、この記事の要点です
クロスプレーンが扱っているのは、燃焼で生まれる力ではありません。 ピストンが往復すること自体が生む、クランクの回転ムラのほうです。 「不等間隔爆発」は結果であって、目的ではありません。
答えは「速い気筒と遅い気筒をつなぐ」
では、どう解決したか。ヤマハの説明は、ひと言です。
遅いクランク回転をする気筒と、速いクランク回転の気筒を互いに連結するのが「クロスプレーン型クランクシャフト」の仕組みです
速くなろうとしている気筒と、遅くなろうとしている気筒を、同じクランクに並べる。
片方が「速く回れ」と押し、もう片方が「遅く回れ」と引く。その2つを組み合わせれば、互いに相殺されます。
クランクピンを90度ずつずらして十字(クロス)に配置するのは、この打ち消し合いを成立させるためです。「クロスプレーン」という名前は、その形から来ています。
その結果として、こうなります。
各気筒の爆発は通常の並列4気筒の180度等間隔爆発ではなく、「270度・180度・90度・180度の不等間隔爆発」となり、点火順序も4気筒二輪車で一般的な「1・2・4・3」ではなく「1・3・2・4」となります
不等間隔爆発は、クランクをずらした結果として出てきたもの。 あの音は、目的ではなく副産物だといえます。
「ライダーの右手と、タイヤの間」
慣性トルクが消えると、何が良いのか。
エンジンが出している力には、燃焼による力と慣性トルクによる乱れが混ざっています。乱れが大きいと、アクセルを開けた分だけの力が、素直にタイヤへ届きません。
- アクセルを少し開けたのに、思ったより出る
- 戻したのに、まだ押されている感じが残る
- 滑り出したときに、それが伝わってこない
慣性トルクを減らすということは、この「濁り」を取ることにあたります。開けた量と、出てくる力の関係が素直になる。限界近くで、いま何が起きているかを手で読み取れるようになるわけです。
サーキットの話に聞こえますが、滑りやすい路面で扱いやすいという形で、公道でも効いてくる性質だといえます。
市販するために必要だったもの
理屈が分かっていても、売れる形にするのは別の話です。ヤマハは3つを挙げています。
ヤマハは、1)クランクシャフトの高精度での設計・製造、2)1次偶力バランサーの最適設計、3)気筒別燃料噴射マップとギア別のYCC-T開度マップ、などの技術を集約することで、このシステムを市販車用に実用化しました
クランクピンをずらすと、別の振動(偶力)が新しく生まれます。 それを抑えるバランサーが要る。さらに気筒ごとに燃料の量を変え、ギアごとにスロットルの開き方まで変えている。
理屈を思いつくことと、それを毎日乗れる乗り物にすることの間には、これだけの距離がある。 ここは押さえておきたいところです。
なお、レースとの関係も明記されています。
MotoGPマシン「YZR-M1」も2004年型以降はこのクロスプレーン型クランクシャフトを搭載しています
コメント欄から
この動画には71件のコメントをいただきました。いくつか拾います。
クロスプレーンを初めてテストしたライダーは最初挙動が気持ち悪いという印象だったらしいがタイムを見ると何故か良くて「???」てなってたらしい(笑)
この逸話そのものの出どころは確認できていませんが、記事で書いた理屈とはよく整合します。 慣性トルクの「濁り」に慣れきったライダーにとって、それが消えた状態はむしろ違和感になる。それでも、アクセル操作とタイヤに伝わる力の関係が素直になれば、タイムは正直に付いてくる——そういう話として読めます。
でも旧R1ファンは音が嫌で離れた人も多かった。市販車だから速さより音だよ。
これは載せておくべき「割れた意見」だと思います。 記事で書いた通り、不等間隔爆発の音は目的ではなく副産物です。等間隔爆発の4気筒が奏でるあの甲高い連続音にこそ価値を感じる人にとって、クロスプレーンの音は「別物」になる。技術として優れていることと、好みに合うことは別——ここでも、順位ではなく選ぶ軸の話になります。
位相クランクはホンダの方が先では?
NSR500の「同爆(ビッグバン)」を挙げる方もいました。クランク位相や爆発間隔の工夫そのものは、ヤマハの専売ではなく、レース界に先行例があるというご指摘はその通りだと思います。 この記事の出典であるヤマハ公式の説明が扱っているのは、あくまで「並列4気筒の慣性トルクをクロスプレーンで打ち消し、市販車(R1)に実用化した」という範囲で、「世界初」を主張するものではありません。 他社の先行例の詳細は、この記事では確認できていません。
出典
引用元
- ヤマハ発動機 公式ブログ「クロスプレーン型クランクシャフト」(慣性力はクランク角度によって異なり、上半分で上向き・下半分で下向き/上死点と下死点で最も速く、90°と270°で遅い/回転変動はクランク1回転で2回/180度クランク4気筒では慣性トルクの変動が4気筒分で4倍/遅いクランク回転をする気筒と速いクランク回転の気筒を互いに連結する/270度・180度・90度・180度の不等間隔爆発/点火順序1・3・2・4/実用化に必要だった3つの技術/YZR-M1は2004年型以降に搭載):yamaha-motor.co.jp
注記
- 「アクセル操作とタイヤに伝わる力の関係が素直になる」という説明は、慣性トルク低減から導かれる一般的な解説です。ヤマハ公式の記述そのものではありません。
本記事のチェックポイント
- クロスプレーンが扱っているのは慣性トルク。燃焼の力ではありません
- 慣性トルクは、ピストンが往復すること自体から生まれます
- 普通の並列4気筒は、その乱れが4倍に足し算されています
- 解決策は、速い気筒と遅い気筒を同じクランクにつなぐこと
- 不等間隔爆発は目的ではなく、結果です
- 市販化にはバランサー・気筒別燃料噴射・ギア別スロットル制御が必要でした
