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バイクの技術と歴史を、一次情報にあたって確かめる記事を書いています

初代YZF-R1は、フレーム剛性をあえて落として作られた

「600ccの車体に1000cc」の先にある話。ヤマハ公式に残る開発陣の証言と、コメント欄で割れた「211km/h」の意味を、一次情報から整理します。

「これ、最高速が211km/hしかないの?」

動画のコメント欄に、同じ趣旨の疑問が3件つきました。先にお答えします。この211km/hは最高速度ではありません。

ヤマハ発動機の公式サイトに載っている試乗記事では、初代YZF-R1の最高速はテストコースで、デジタル表示のメーターが291km/hを示したと書かれています。動画で扱った211km/hは、400m加速(ゼロヨン)を走り切った地点の速度として紹介した数字です。同じ「km/h」でも、測っているものがまるで違います。

この記事では、動画で触れきれなかった「なぜあれほど軽く曲がるのか」を追いかけます。大きく効いていた要素のひとつが、フレームの剛性をあえて低く設定したことでした。

まず、公式に残っている数字

ヤマハ発動機のコミュニケーションプラザに展示されている1998年式YZF-R1の諸元です。

このページには「Overseas market model(海外仕様車)」「数値は発売当時のもの」という注記が添えられています。ヤマハのレース公式サイトでは、同じ177kgに「乾燥」と明記されています。

開発コンセプトは、公式の表現で「ワインディングロードでの比類なき興奮」。ヤマハの技術コンテンツには、こうも書かれています。

開発がスタートした段階では排気量の枠は設定されず、ツイスティロードで求められるトルク値から算出して排気量が決定した

先に「1000ccを作る」と決めたわけではありません。 峠で欲しいトルクを決めたら、結果として998cm³になった、という順番です。ここが動画で言い切れなかったところです。

「211km/h」と「291km/h」は、何が違うのか

ゼロヨン(400m加速)の到達速度と、最高速度は別の数字です。

400mという距離は、フル加速でおよそ10秒前後で走り切ってしまいます。そこはまだ加速の途中です。速度が伸びきる前にゴールラインが来るので、到達速度は最高速度よりずっと低く出ます。

対して最高速度は、加速しても速度が増えなくなるところの数字です。空気抵抗と駆動力が釣り合った地点で、ようやく針が止まります。

400m加速の到達速度と最高速度の違いを示した概念図。400m地点はまだ加速の途中で、そこから先にさらに速度が伸びることを示している
同じ「km/h」でも、どこで測ったかで数字は変わります。速度の測り方の違いを示した概念図で、ひとつの走行を計測したデータではありません

この記事で確認できたこと/できなかったこと

確認できたもの:ヤマハ発動機の公式サイトに載っている試乗記事の291km/h(テストコースでのデジタル表示メーターの読み)。メーカーが公表した計測値ではありません。

確認できなかったもの:動画で扱ったゼロヨン10.19秒・到達速度211.47km/hの出典。当時の雑誌計測値として広く引用されている数値ですが、メーカー公式の資料では確認できませんでした。記事として断定はできません。

エンジンを三角形に畳んだ理由

軽さの話に入ります。

通常、4ストロークのエンジンはクランク1軸とミッション2軸を水平に並べます。R1はこれをやめました。ヤマハの公式コンテンツから引用します。

とくに長さはクランクシャフトの直後にドライブスプロケットがくる超ショートなレイアウト。横から見ればわかるようにクラッチが高く位置した特殊な構成だ。これは通常のようにクランク1軸からミッション2軸を水平に並べず、この3軸をGPマシンのように三角形にレイアウトしたからである

さらに、オイルポンプとウォーターポンプをクランクケースの下側に内蔵して、もう一段詰めています。

エンジンの3軸配置の比較図。水平に3軸を並べた従来型と、三角形に配置した初代YZF-R1型を並べ、三角配置のほうが前後長が短くなることを示している
3つの軸を横に並べるか、三角形に積むか。同じ3軸でも、エンジンの前後長がこれだけ変わります

では、短くしたエンジンで何をしたか。 ここが本題です。

短いエンジンが、長いスイングアームを可能にした

R1のホイールベースは1,395mm。当時のリッタークラスとしては短い数字です。そしてスイングアームの長さは582mmで、ホイールベースの42%を占めます。

普通、ホイールベースを短くするとスイングアームも短くなります。エンジンが前後に場所を取るからです。 R1はエンジンの前後長を詰めたことで、「短いホイールベースなのに長いスイングアーム」という、両立しないはずの組み合わせを成立させました。

長いスイングアームには、はっきりした効果があります。

ヤマハの公式コンテンツには、こう書かれています。

スイングアームが短いと、コーナーリングスピードによって、サスが沈んだ場合とそれほどでもないときに車体を押す方向が異なり、ウイリーしやすくなるなど思いきった旋回加速がしにくくなる

つまり、長いスイングアームは「ウイリーしにくくするための装備」でもあったわけです。動画のオチで扱ったウイリーの話と、実は正反対の設計思想がここに入っています。

もうひとつ、見落とされがちな判断があります。GPマシンなら、フロントの浮き上がりを抑えるためにエンジンを前輪ギリギリまで前へ寄せます。R1は、あえて限界より少し後ろにマウントされました。 直立から軽く倒しただけで曲がってほしい——ステアレスポンスのほうを優先したからです。

本題:剛性を「落とした」という選択

ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

コーナーでの動きの軽さは、車重177kgだけで説明できるものではありませんでした。ロングスイングアーム、フロントフォークの設定、スロットルレスポンスの作り込みと、効いている要素はいくつもあります。そのなかでも意外なのが、開発ライダーの小島儀隆氏(インタビュー当時:第2プロジェクト開発室)の、この一言です。

けして高剛性ではない。むしろ低い剛性でまとめてみようとしました

高剛性を目指したのではなく、低い剛性を狙った。 スーパースポーツの説明としては、かなり意外な言葉ではないでしょうか。

理屈はこうです。フレームの剛性が高すぎると、直進安定性は良くなる代わりに、ハンドリングが重くなります。ヤマハの表現を借りれば「どんなに車重を軽くしても、運動性で200kgのバイクを250kgに感じさせるほどの重さになってしまう」。

そこでR1は、超コンパクトなエンジンを強度メンバーとして使い、クランクケース後端2箇所とアッパークランクケース上端の1箇所でリジッドマウントしました。エンジン自体が短くて硬いので、フレーム側の剛性をこのクラスの常識より下げられたというわけです。

スポーツ用具にたとえると

ヤマハ自身がこう説明しています。

スポーツの道具は硬すぎると重く感じ、適度なフレックスを与えた方が軽く扱えて、ボールなら遠くまで飛びボード系ならシャープに動けるのと同じである

R1には、ステアリングヘッドとエンジンハンガーの間に、このフレックスがある。急いで操作したときほど効いて、ゆっくりした操作では余計な動きをしない——という設計です。

サーキットで「剛性不足」と言われた理由

コメント欄には、フルブレーキング時の挙動を指摘する声もありました。これは、上の設計と地続きの話です。

公道で軽く曲がることを優先して、あえて剛性を下げた。 その結果、サーキットで前後の荷重が極端に動く場面では、ライダーによって評価が分かれた。トレードオフを選んだ結果であって、設計の失敗ではありません。

小島氏の言葉が、そのまま答えになっています。

僕が考えるスポーツというのは、ラップタイムを競うような意味ではないんです。バイクを自分で意識して操作する、それがライダー個々のレベルでできていれば気持ち良い汗だと思う

「100km/hからでも浮く」の実際

動画のオチは、普通にスロットルを開けただけでフロントが浮くという話でした。ここもコメント欄で割れています。

浮くという方の証言と、「適切な状態(ほぼ純正)なら加速中に路面の凹凸をそのまま飛び越していく」「パワーリフトは1速以外は難しい」という方の証言が、両方寄せられました。

実は、ヤマハ側にも浮かせないための仕掛けが入っています。公式コンテンツによれば、R1は1〜3速と4〜6速でスロットルレスポンスを変えてあります。

1〜3速の減速比の大きなギヤでスロットルを開けたとき、車体が姿勢を崩すような過度なレスポンスをしないよう配慮されているのだ

点火系とEXUP(排気系の背圧を変えるヤマハ独自の機構)は、エンジン回転・車速・スロットル開度・開けるスピード・ギヤポジションの5つのパラメーターでマップ制御されていました。

フロントが上がるかどうかは、ギヤと開け方と路面で変わります。 どちらの証言も、条件が違うだけで両方あり得る、というのがこの記事の結論です。

「乾燥重量177kg」の読み方

「177kgは実態と違うのでは」という趣旨のご指摘もいただきました。ここは、数字の定義を揃えるところから始めるのが公平だと思います。

乾燥重量は、一般にエンジンオイル・冷却水・ガソリンを含まない数値とされています(何をどこまで含むかはメーカーや年代で違いがあり、統一された定義を一次資料では確認できませんでした)。一方、実際に計量所で測るのは、それらが入った状態の重さです。この2つは、そのまま比べられません。

R1の燃料タンク容量は18Lです(開発時に「18リッターの容量確保」で悩んだ、とヤマハの公式コンテンツにあります)。JIS規格では自動車ガソリンの密度は15℃で0.783g/cm³以下と定められていますから、18L満タンだけで14kg近くになります。ここにエンジンオイルと冷却水が加われば、差はさらに開きます。

同じ車体でも、どの状態で測った数字かで十数kg以上は動きます。 カタログの数字を比べるときは、まず「乾燥」なのか「装備」なのかを確認するのが確実です。

また、エンジンの3軸三角配置について「他社のほうが先」というご指摘もありました。1996年のスズキGSX-R750(SRAD)も、前後長の短縮を強く意識したエンジンです。ただし、スズキ公式のデジタルライブラリには「3軸を三角に配置した」という記述は見当たりませんでした。同じ配置なのかどうかは、この記事では確認できていません。なお、ヤマハ側も「世界初」とは言っていません。公式の表現は「GPマシンのように三角形にレイアウトした」です。

いま、現物で確かめられること

初代R1を今すぐ触れる人は少ないと思います。ただ、この記事の話は、いま乗っているバイクで確かめられます。

必要なのは、メジャー1本と、取扱説明書の諸元表だけです。

  1. ホイールベースは、取扱説明書やカタログの諸元表に載っています(測らなくて構いません)
  2. スイングアームの長さ(スイングアームピボットの中心から後輪の車軸中心まで)を、メジャーで測ります

2を1で割ると、スイングアーム比率が出ます。初代R1は 582 ÷ 1,395 で、およそ42%でした。

測るときの注意

  • ピボットの中心は、外から見えない車種があります。 カバーやフレームに隠れている場合は、無理に探らず、スイングアームの回転中心を目安にしてください。おおよその位置で構いません
  • 車体は必ずスタンドで立てて、動かない状態で測ってください
  • 数字の大小に優劣はありません。 比率が小さいから劣る、という話ではありません

比べてみると、そのバイクが何を優先して作られたかが、比率に出ます。 短いホイールベースに長いスイングアームを入れれば、旋回加速の安定を取りに行った設計。ゆったりしたホイールベースなら、直進の落ち着きを取りに行った設計です。

そして、エンジンを横から眺めてみてください。 ドライブスプロケットがクランクのすぐ後ろにあるか、遠く離れているか。エンジンの前後長がホイールベースのどれだけを食っているかが、目で見て分かります。 R1のようにクラッチが高い位置にある構成なら、軸を積み上げている可能性があります(車種によって見え方は違いますので、あくまで目安です)。

コメント欄から

この動画には、返信を含めて81件のコメントをいただきました。オーナーの方の証言が濃く、記事の裏取りにそのまま使わせていただいた部分もあります。

視聴者コメント

オーナーでした。楽しい車両です。3速からシフトチェンジでも極めて自然にフロントを浮かせる事出来ました。

視聴者コメント

ウイリーで飛ぶっていうか、この頃のスーパーバイク(リッタースーパースポーツと呼ばれていた頃)でも、適切な状態(ほぼ純正)であれば、加速中は路面の凹凸をそのままウイリーせず飛び越していきます。

この2つは、矛盾していません。 上で書いたとおり、1〜3速と4〜6速ではスロットルレスポンスの設定が違います。ギヤと開け方が変われば、出る挙動も変わります。

視聴者コメント

フロント剛性まで600クラスで、フルブレーキするとスネーキングするのが色々言われてたな(中略)でもそれはサーキットレベルの話で、公道だと良く寝て良く曲がるハンドリングマシンとしての評価が高かった

この記事の中心にある話を、当時を知る方が一行で言い切っています。 剛性を落としたのは狙いであって、公道で軽く曲がることと引き換えでした。

視聴者コメント

2000年モデルのR-1 に乗ってました。あまりに低速トルクが太いので6000rpm以下でも街乗り激ハヤでした。(中略)待ち合わせ場所で「ヤッパ速いっすね!アクセルを開けたトコで置いていかれました」と。

「排気量の枠を先に決めず、峠で欲しいトルクから逆算した」というヤマハの説明が、そのまま体験として語られています。貴重なコメントだと思います。150PSという数字より、この話のほうがR1らしさを表しているかもしれません。

視聴者コメント

これを / 初代GSX-R1000が / サラッと超えていくという

いちばん多くの「いいね」を集めたのは、R1を称える言葉ではなく、この一行でした。 後発のリッタークラスが、数字の上でR1を追い越していったのは事実です。ただ、追い越す土俵を用意したのがR1だった、とも言えます。「リッターは重くてツアラー向き」という前提のままなら、そもそも比べる相手がいませんでした。

視聴者コメント

ホンダはやらないが、たまにしでかすヤマハのこーゆートコ⋯好き

剛性をあえて下げる、エンジンを敢えて限界より少し後ろに置く。カタログの数字にならない判断ばかりです。 この一行は、それをよく言い当てているように思います。

出典

引用元

  • ヤマハ発動機 コミュニケーションプラザ「1998 YZF-R1」(998cm³ 水冷4ストロークDOHC5バルブ並列4気筒/110.3kW〈150.0PS〉/10,000r/min/108.3N・m〈11.0kgf・m〉/8,500r/min/全長2,035mm×全幅695mm×全高1,095mm/重量177kg/Deltabox II frame/“unsurpassed excitement” on winding roads/Overseas market model・数値は発売当時のもの):global.yamaha-motor.com
  • ヤマハ発動機「ハンドリングのヤマハ Vol.9 スーパースポーツの変遷。YZF1000RからYZF-R1へ。後編」(テストコースでの最高速291km/h(デジタル表示メーター)/3軸を三角形にレイアウト/ホイールベース1,395mm/スイングアーム582mm=42%/「けして高剛性ではない。むしろ低い剛性でまとめてみようとしました」〈小島儀隆氏〉/クランクケース後端2箇所+アッパークランクケース上端1箇所でリジッドマウント/1〜3速と4〜6速でスロットルレスポンスを変更/EXUPと点火系は5パラメーターでマップ制御/エンジンは敢えて限界より少し後退した位置にマウント/Fフォークφ41mm・ストローク135mm・リバウンド55mm/燃料タンク18L/排気量は枠を設けずトルク値から算出):global.yamaha-motor.com
  • ヤマハ発動機 レースサイト「R1 History 1998–2017」(177kg(乾燥)/150PS/10,000rpm/パワーウエイトレシオ1.18):race.yamaha-motor.co.jp
  • スズキ デジタルライブラリ「GSX-R750」(1996年/乾燥179kg/77ps/10,000rpm〈国内仕様〉/新設計のツインスパータイプアルミフレーム/SRAD):suzuki.co.jp
  • ENEOS「石油便覧」第2編第1章第1節 自動車ガソリン(密度〈15℃〉0.783g/cm³以下):eneos.co.jp

確認できていないこと

  • ゼロヨン10.19秒・到達速度211.47km/hの出典。当時の計測値として広く引用されていますが、メーカー公式の資料では確認できませんでした
  • エンジン前後長81mm短縮・エンジン単体65.3kgという数値。専門メディアでは報じられていますが、ヤマハ公式のページでは数値としては確認できませんでした(公式には「超ショートなレイアウト」「異様なほどコンパクト」という記述があります)
  • 初代R1の装備重量(燃料等を含む重量)の公式値。公開されている177kgは乾燥重量です
  • 「乾燥重量」に何を含むかの統一された定義。メーカーや年代によって扱いに差があり、一次資料では確認できませんでした
  • 1996年GSX-R750の3軸配置がR1と同じ三角配置かどうか。スズキ公式の記述には該当する表現が見当たりませんでした
  • 291km/hの測定条件(車両仕様・路面・気象)。公式コンテンツには、テストコースでデジタル表示のメーターが示した数値、という記載のみです

本記事のチェックポイント

  • 211km/hは最高速ではありません。ゼロヨンの到達速度として紹介した数値です(一次資料は未確認)。ヤマハ公式サイトの試乗記事では、メーター表示で291km/h
  • 3軸を三角形に積んでエンジンを短くし、その分を582mm(ホイールベースの42%)のスイングアームに回した
  • 開発ライダーの言葉は「むしろ低い剛性でまとめてみようとしました」。軽さの正体は剛性の設計
  • サーキットでの評価が割れたのは、公道優先というトレードオフの結果。失敗ではありません
  • 乾燥重量と装備重量は比べられません。18L満タンのガソリンだけで14kg近くになります
  • 自分のバイクでスイングアーム長 ÷ ホイールベースを測れば、設計の優先順位が見えます

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