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バイクの技術と歴史を、一次情報にあたって確かめる記事を書いています

「日本で唯一」が指しているもの──公道を走れる市販ロータリーバイクは4系統だけでした

スズキRE-5、ヘラクレスW-2000、バンビーンOCR1000、ノートン。公道用の市販車として世に出たロータリーバイクを並べると、4つの系統しかありません。そしてRE-5もまた、スズキ公式の記述では「海外専用モデル」でした。台数、販売地域、そして三角形のローターが抱えた宿題を、メーカー公式の資料で数えます。

「ロータリーのバイクなら、スズキのRE-5があるだろう」

大阪のバンビーンOCR1000を紹介した動画に、この指摘が何度も届きました。 取得したコメント73件のうち、スズキのロータリー車に触れたものが13件。 ノートンやヘラクレスの名前を挙げたコメントも4件ありました。そして、そのとおりです。

先に結論を書きます。動画の「唯一」は、バンビーンOCR1000という車種についての話であって、ロータリーバイクという種類の話ではありません。 そしてその1台であることも、動画は所有者側の説明にもとづいており、この記事では独立に確認できていません。 コメント欄でも、この区別を一言でまとめてくださった方がいました。

視聴者コメント
ロータリーエンジンのバイクが日本に1台って意味じゃなくバンビーンが1台って事ね、二通りの意味を持つ日本語って難しいぬ。

タイトルが言葉足らずでした。訂正します。 そのうえで、「では、何系統あったのか」を数えるほうが、よほど面白い話になります。 公道を走れる市販車として世に出たロータリーバイクは、世界を見渡しても4系統しかありません。

公道用の市販車としては、4系統だけでした

車名販売時期エンジン台数
ヘラクレス W-20001974〜1977年空冷・単ローター294cc約1,800台
スズキ RE-51975年〜約1年水冷・単ローター497cc/62PS公表なし
バンビーン OCR10001976〜1981年水冷・2ローター996cc38台
ノートン(クラシック/コマンダー/F1)1987年〜588cc・2ローター(クラシックは空冷、コマンダーは水冷)クラシック100台

この4行が、公道用ロータリーバイクの歴史のほぼすべてです。 試作やレース専用機まで含めればもっと増えますが、「ナンバーを付けて走れる市販車」に限ると、ここまで少なくなります。

現代にも1台あります。 ノートンのロータリーレーサーを手がけたブライアン・クライトンが送り出したクライトンCR700Wは、690ccの2ローターで220bhp、乾燥重量129.5kg。手作りで25台が予定されています。ただしMCNは、この車両を「公道用でもレース用でもない」と書いています(レースでのロータリー参戦は1990年代半ばに禁じられた、と同誌は付記しています)。一方でクライトン側は、公道登録のオプションがあるとも案内しています。 どこまで公道用と呼べるのかを確定できなかったため、上の表には入れていません。

最初に量産されたのは、日本車ではありませんでした。 ドイツのヘラクレスW-2000が1974年。ザックス製の空冷単ローター294ccで、27〜32馬力(メーカー公称)、乾燥重量173kg、最高速140km/h。市場によってはDKWの名前で売られています。 英語版Wikipediaは、これを「ワンケルエンジンを積んだ最初の量産オートバイ」と記しています。

スズキのRE-5も、日本では売られていませんでした

そして、ここがいちばん意外なところだと思います。

スズキの公式デジタルライブラリーは、RE-5をこう書いています。

北米、欧州、大洋州向けの海外専用モデル

RE-5は、日本のスズキ店に並んだことがありません。 つまり日本にあるRE-5も、輸入された個体ということになります。コメント欄には「用品店の駐輪場に停まっていた」「九州のバイク屋に置いてある」といった目撃談がいくつも寄せられていました。それらの個体がどう日本へ来たのかまでは分かりませんが、少なくとも日本向けの正規販売で買えたものではありません。

スペックも公式に書かれています。水冷・単ローター497ccで62PS、最大トルク7.6kgm/3,500rpm、乾燥重量230kg。 開発の経緯も明快で、1970年に西ドイツのNSU・バンケル社とロータリーエンジンの特許契約を結び、3年余りの短期間で完成させたとあります。

そして、終わり方も公式に書かれています。

1973年秋に発生したオイルショックを契機に低燃料消費車への要請が高まる中、販売開始からほぼ1年で生産・販売を中止することとなった

開発に3年、販売は1年。 ロータリーの長所としてスズキが挙げているのは滑らかなエンジン回転、少ない振動、多気筒エンジンより少ない部品点数の3つで、燃費は入っていません。世の中が燃費を最優先し始めた瞬間に、この技術は居場所を失いました。

三角形が回ると、なぜ「頂点」に仕事が集まるのか

ロータリーエンジンは、三角形のローターが繭のような形の空間の中を、中心をずらしながら回ります。 ローターと壁のあいだにできる3つの部屋が、回転に合わせてふくらんだり縮んだりして、吸気・圧縮・燃焼・排気を受け持つ。ピストンが往復する動きが、まるごと回転に置き換わっています。

ロータリーエンジンの断面を模した図。繭の形をしたハウジングの中に角の丸い三角形のローターがあり、ローターと壁のあいだに3つの部屋ができている。三角形の3つの頂点だけが壁に接していることを強調し、その接点に気密を受け持つ部品があることを示している
外周側で隣の部屋と仕切っているのは、三角形の3つの頂点だけ。側面はサイドシールが別に受け持ちます

問題は、その3つの部屋を仕切っているものです。

往復するエンジンでは、ピストンの外周をぐるりと一周するピストンリングが気密を受け持ちます。円の形をした輪が、円筒の壁に均等に当たる。 ところがロータリーでは、外周の壁に触れているのは、三角形の3つの頂点だけです。ここに入るのがアペックスシールです。

断っておくと、気密をこれだけで受け持っているわけではありません。 ローターの側面はサイドシール、その角はコーナーシールが別に担当します。隣の部屋との仕切りを外周側で受け持っているのがアペックスシール、という分担です。

マツダの公式ページは、この部品の位置づけをこう書いています。

三角形のローターの3つの頂点に組み付けられるアペックスシールは、ロータリーエンジンが最高の性能を発揮するための極めて重要な部品です

同じページに、製造の精度も書かれています。 アペックスシールを収める溝の設計値は2ミリ。そこに対してマイナス5ミクロン、プラス12ミクロン以内で仕上げる、と。1ミクロンは1ミリの1000分の1なので、許される幅は合わせて17ミクロン=0.017ミリです。

これは現代のマツダ13Bの補修部品を作るときの話で、RE-5やバンビーンの製造公差ではありません。 それでも、外周の仕切りを3本の細い部品に任せる構造が、どれだけの加工精度を要求するのかは、この数字でつかめると思います。

コメント欄にも、この部分に触れた書き込みがありました。

視聴者コメント
シトロエンと同じくアペックスシールの問題でね、修理が難しいと・・・。

これは、この店にかつて置かれていたスズキのロータリー車について書かれたものです。 車両ごとの事情までは確認できていませんが、「直せる人が限られる」という話が出てくること自体は、この構造なら自然なことだと思います。

バンビーンが38台で止まった理由は、自分たちの外にありました

では、動画の主役に戻ります。

バンビーンOCR1000は、オランダのファン・フェーンが作った大型スポーツです。 エンジンは自社製ではなく、ルクセンブルクのコモトール製で、996ccの水冷2ローター。ギアボックスの設計にポルシェが関わっており、後輪へはシャフトで駆動します。 量産型の出力は約100bhp/6,500rpm(Silodrome)。重量は約700ポンド=約318kgと記録されていますが、乾燥なのか装備状態なのかは示されていません。

そして台数は38台。

決め手のひとつは、バンビーン自身の外側にありました。 エンジンを供給していたコモトールが1980年に消滅し、心臓が手に入らなくなったのです。

ただし原因はそれだけではありません。 OddBikeは、高すぎる価格、重すぎる車体、コモトール製エンジンが抱えていた不具合を並べて挙げ、1979年にはバンビーンの生産はほぼ終わっていたとしています。どれがどれだけ効いたのかは、資料からは切り分けられません。

話はここで終わりません。 コメント欄で触れられていたとおり、2011年にオランダの2人が最終ロット10台を組む計画を発表しています。価格は11万5,000ドル。 動画で「ポルシェ911並み」と表現した価格感は、当時の販売時点での話としては資料の水準(およそ1万5,000ドル相当)と桁が合いますが、再生産分はそれとはまったく別の価格帯になっています。

なお、この店にはミュンヒ4も置かれています。 そちらは燃料噴射の歴史のほうで主役になる車両なので、バイクの燃料噴射「世界初」はどれかで扱いました。同じ喫茶店に、別々の技術史を背負った希少車が2台並んでいることになります。

コメント欄から:多くの人は、漫画でこのバイクを知っていました

今回いちばん驚いたのが、この集まり方でした。

視聴者コメント
『熱風の虎』!!
視聴者コメント
このバイクとミュンヒ4だっけ?村上もとか先生のマンガに2台とも出てきますよ。たしか「熱風の虎」だったかな。

この漫画に触れたコメントが、返信を含めて8件。 いいねの合計は113で、スズキのロータリーに触れた13件の合計62を上回ります。

『熱風の虎』は、村上もとかさんが1976年から1977年にかけて週刊少年ジャンプ(集英社)に連載した作品です。 前年の1975年に同誌で連載された『虎のレーサー』の続編にあたります。

つまり多くの日本のライダーにとって、バンビーンOCR1000は「カタログで見たバイク」ではありませんでした。 40年以上前の漫画で見た絵が、大阪の喫茶店で実物として立っている。 「幻」という言葉が効くのは、たぶんこの順番のせいです。

視聴者コメント
『熱風の虎』で大番虎一のライバル 氷巻 が乗っていた! かなり昔、66歳のワイが若かりし頃 名神高速でバンビーンOCR 1000 に遭遇したことがあります。走行する2ローターバイクの音が聴けたのは今でもラッキーだったとおもう‼️

いま、現物で確かめられること

出典

引用元

  • スズキ 公式デジタルライブラリー「RE-5」(1975年 RE-5輸出車/北米、欧州、大洋州向けの海外専用モデル/水冷・単ローター497cc・62PS・最大トルク7.6kgm/3,500rpm・乾燥230kg/1970年に西ドイツNSU・バンケル社とロータリーエンジン特許の契約・3年余の短期間で完成/長所は滑らかなエンジン回転・少ない振動・多気筒エンジンより少ない部品点数/1973年秋のオイルショックを契機に低燃料消費車への要請が高まる中、販売開始からほぼ1年で生産・販売を中止):suzuki.co.jp
  • マツダ 公式「ロータリーエンジンは終わっていない。」(三角形のローターの3つの頂点に組み付けられるアペックスシールは、ロータリーエンジンが最高の性能を発揮するための極めて重要な部品/溝幅の設計値は2ミリ、マイナス5ミクロン・プラス12ミクロン以内の精度、1ミクロン=1/1000ミリ。現代の13B補修部品の製造工程についての記述です):mazda.co.jp
  • 英語版Wikipedia「Hercules W-2000」(1974〜1977年/ザックス製 空冷単ローター294cc/27〜32hp/6,500rpm(メーカー公称)/乾燥173kg・最高速140km/h/約1,800台/一部市場ではDKW名/ワンケルエンジンを積んだ最初の量産オートバイ):en.wikipedia.org
  • 英語版Wikipedia「Norton Classic」(1987年に100台限定/空冷2ローター588cc/エンジンはBSAのアンバースレイド・ホール研究所でデヴィッド・ガーサイドが開発/後継は水冷のノートン・コマンダー):en.wikipedia.org
  • OddBike「Van Veen OCR 1000 - Dutch Wankel Powered Superbike」(合計38台/1979年にはほぼ終わり、数台の生産が1981年まで続いた/エンジンはコモトール製996cc・2ローターで107hp/ポルシェ設計のギアボックスとシャフトドライブ/約700ポンド/当時の価格はおよそ1万5,000ドル相当/コモトールは1980年に消滅/2011年にオランダの2人が最終ロット10台を発表・価格11万5,000ドル):odd-bike.com
  • Silodrome「The Van Veen OCR 1000」(量産型は液冷の2ローター・ワンケル996cc(1室あたり498cc)で約100bhp/6,500rpm/1976〜1981年に38台/2011年に工場の純正部品で10台を追加製作):silodrome.com
  • MCN「Rotary revival: 220bhp, £85,000 Crighton CR700W track bike launched」(元ノートンのロータリーレーサー開発者ブライアン・クライトン/690cc2ローターで220bhp・乾燥129.5kg/手作りで25台・1台8万5,000ポンド/公道用でもレース用でもない):motorcyclenews.com
  • 日本語版Wikipedia「村上もとか」作品リスト(『虎のレーサー』1975年・週刊少年ジャンプ・集英社/『熱風の虎』1976年〜1977年・週刊少年ジャンプ・集英社):ja.wikipedia.org
  • スズキ歴史館 公式(静岡県浜松市中央区増楽町1301/入館料無料/開館時間9:00〜16:30(予約制)/ご来館の際は事前にご予約をお願いします/休館日は月曜日、年末年始、夏季休暇等):suzuki-rekishikan.jp

確認できていないこと

  • バンビーンOCR1000が日本に1台だけかどうか。 動画ではそう紹介しましたが、独立した資料で確認できたわけではありません。 所有者側の説明にもとづく話として受け取ってください
  • バンビーンの車重の条件。 約700ポンドという数字が乾燥か装備状態かは示されておらず、他車の乾燥重量とは直接比べられません
  • クライトンCR700Wの公道登録。 MCNは「公道用でもレース用でもない」、クライトン公式は公道登録のオプションがあるとしており、記述が一致しません
  • スズキRE-5の総生産台数。 スズキの公式資料に記載がなく、公表なしとしています
  • スズキ歴史館にRE-5が展示されているか。 公式サイトでは展示車両の一覧まで確認できませんでした
  • ヘラクレスW-2000の台数。 英語版Wikipediaの「約1,800台」を採りましたが、1,784台という数字も流通しています
  • RE-5の発売年。 本記事はスズキ公式の「1975」に従いましたが、1974年発売とする資料も多くあります
  • バンビーンの生産期間。 Silodromeは1976〜1981年、OddBikeは1979年にはほぼ終わっていたとしており、細部が一致しません

本記事のチェックポイント

  • 動画の「唯一」は車種の話であり、しかもその1台であること自体、独立には確認できていません
  • 公道用のロータリーバイクは、ヘラクレス・スズキ・バンビーン・ノートンの4系統が市販までたどり着いています(サーキット向けなら現代のクライトンCR700Wもあります)
  • 最初の量産ロータリーバイクは日本車ではなく、1974年のドイツ製でした
  • スズキRE-5も日本では正規に発売されていません。 スズキ公式の記述は「北米、欧州、大洋州向けの海外専用モデル」です
  • RE-5が消えた理由は、公式に書かれています。 燃費を求める時代が来て、販売開始から約1年で生産・販売中止になりました
  • 外周の仕切りは3つの頂点が受け持ちます。 側面はサイドシール、角はコーナーシールが別に担当します
  • バンビーンが止まった理由は1つではありません。 供給元の消滅に加えて、価格・重量・エンジンの不具合が記録されています

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