1969年の発表資料に「油圧作動方式」と書いてあります──CB750FOURのディスクブレーキ
CB750FOURの前ブレーキは機械式だったのか、それとも最初から油圧だったのか。ホンダが1969年に出した発表資料の一文が、この論争に答えを出しています。あわせて「世界初」がどの範囲を指しているのか、そして当時のディスクが「効かない」と言われた理由を構造から整理します。
「ディスクなのに、全然効かなかったらしいよ」
CB750FOURの話になると、必ず出てくる証言です。そして決まって、もうひとつの話が続きます。「最初の型はワイヤーで引いていたから効かなかった」というものです。
結論から書きます。ホンダが1969年7月に出した発表資料には、こう書かれています。
制動効果が大きく、錆びない特殊合金ディスク、油圧作動方式
発売の直前に、メーカー自身が「油圧作動方式」と明記していました。CB750FOURの前ブレーキは、最初から油圧です。 では、なぜ「効かない」という記憶がこれほど強く残っているのか。効かなかったのは事実なのか。順に確かめていきます。
「世界初」は、量産車の中での話です
まず、範囲をはっきりさせておきます。ホンダの技術解説ページは、ディスクブレーキについてこう書いています。
バイクの量産車として初めてディスクブレーキを搭載した、1969年のDREAM CB750FOUR
「量産車として初めて」。二輪車ぜんぶの中で初めて、とは書いていません。エンジンについても同じで、ホンダは「一般的な量産二輪車では世界初の並列4気筒エンジン」という言い方をしています。
限定条件が付いているということは、その外側に何かがある、という意味です。英語圏の資料では、1965年に発表されたMVアグスタ600が、ケーブルで作動する前ディスクを備えていたと伝えられています。ただし、これはメーカー公式の記述では確認できていません。 この記事では、ホンダが自分で書いている「量産車として初めて」という範囲をそのまま受け取ります。動画のタイトルではこの「量産車として」が抜け落ちていました。 ここで付け直しておきます。
「世界初」を見たら、まず限定条件を探す。これはSHOEIのベンチレーションでもモリワキのアルミフレームでも同じでした。メーカーは、自分が主張できる範囲を知ったうえで言葉を選んでいます。その線引きごと受け取るのが、いちばん正確です。
なぜ「効かない」と感じたのか
ここからが本題です。ディスクとドラムでは、握った力の伝わり方の倍率が違います。 それが手応えに影響した可能性から見ていきます。
鍵は、それまでのドラムブレーキが持っていた自己倍力(セルフサーボ)作用です。曙ブレーキ工業の公式解説は、こう説明しています。
ドラムの回転方向に押しつけられるリーディングシューは、回転により押しつけられる力がさらに強まるため、より強い制動力を発揮します。これがサーボ作用(自己倍力作用)と呼ばれる、ドラムブレーキの強い制動力を生み出す働きです
つまりドラムブレーキは、シューがドラムに触れた瞬間、回転そのものがシューをさらに押し付ける構造です。この働きが変えているのは、握った力に対する倍率です。曙ブレーキ工業は「ドラムブレーキは、ディスクブレーキに比べ強い制動力を発揮します」とも明記しています。
CB750FOURの前に主流だったツーリーディング式は、この食いつく側のシューを2枚とも使う方式です。コメント欄にも「ダブルツーリーディングドラム(つまりリーディングシュー4個体制)」という証言がありました。当時の高性能ドラムは、握った力に回転の力を上乗せしてくれる装置だったわけです。
対してディスクブレーキには、この自己倍力がありません。回転そのものが摩擦材を押し付ける働きが、無いということです。
ここは誤解されやすいので、はっきり書いておきます。ディスクにも力の増幅はあります。 レバーの比と、マスターシリンダーとキャリパーのピストン面積の比で、握力は何倍にもなって伝わります。無いのは「回転を味方につける」増幅のほうだけです。最終的な制動力は油圧系の比率・摩擦材・ディスク径にも左右されるので、自己倍力の有無だけで決まるものではありません。
ドラムに慣れた手が、初めてディスクのレバーを握る。同じ握り方をしても、手応えが違う。倍率の違いが操作感に影響した可能性は、構造から言えます。 ただしこれは「他の条件が同じなら」という話で、CB750FOURのディスクと、特定のドラム車の制動力の大小を比べた資料ではありません。
ただし、ここから先は正直に線を引きます。当時「効かなかった」という個々の体験の原因までは、特定できません。 車両の状態、整備、パッドの当たり、その人が前に乗っていた車両。変数が多すぎて、構造の一般論では説明しきれないからです。
ホンダはなぜディスクを選んだのか
では、なぜホンダはディスクにしたのか。ここは推測せずに済みます。ホンダ自身が経緯を書いているからです。
ホンダの英語版ヘリテージのページは、CB750FOURの開発目標のひとつをこう記しています。
Provide a braking system that is reliable and resistant to high loads by anticipating frequent rapid decelerations from high speeds.
拙訳すると「高速からの急減速が繰り返されることを見越して、信頼性が高く、高い負荷に耐えるブレーキを備えること」。狙いは「よく食いつくこと」ではなく、「繰り返しても耐えること」だったと読めます。
同じページには、決断の場面も残っています。ブレーキの仕様を2案持って行った原田氏に対して、本田宗一郎の返答は「Well, of course we'll have to go with disc brakes.(もちろんディスクでいくに決まってる)」だったこと。そして原田氏は渡米中に用品店でアフターマーケットのディスクブレーキに出会っており、それをCB450で試して効果を確認していたこと。
思いつきの鶴の一声ではなく、前の車両で試した結果が先にあった。 ここは押さえておきたいところです。
なお、ディスクブレーキ一般の長所として「放熱性に優れているので、安定した制動力を確保できる」ことをJAFが挙げていますが、これはディスク一般の説明であって、ホンダが放熱性を理由に選んだと書かれているわけではありません。 分けて受け取ってください。
それでも雨の日は怖かった、という記憶について
コメント欄で複数の方が触れていたのが、雨の日の効きでした。これは当時のディスク全般に共通する話で、構造を考えれば理由は単純です。
ディスクは外に露出しています。 回転する円盤がむき出しなので、水がかかれば摩擦面に水膜ができます。効き始めは、その水膜が排除されるまで遅れます。ドラムは内部にあるため、水がかかりにくい構造です(ただし一度入れば乾きにくくなります)。
どの程度遅れるか、どれだけ握れば戻るかは、摩擦材やディスクの材質、水の量で変わります。 当時のCB750FOURで実際にどれだけ効きが落ちたかを示すデータは、見つけられませんでした。ここで言えるのは「露出しているから濡れる」という構造上の話までです。
この「効き始めの遅れ」は、いまのバイクでも残っています。 雨の日は、後続車がいないことを確かめたうえで、直進しながら軽くブレーキを当てて様子を見ておく。具体的な作法はお乗りの車両の取扱説明書に従っていただきたいのですが、半世紀前のライダーが怖い思いをして覚えたことが、いまも生きている、ということでもあります。
いま、現物で確かめられること
油圧か機械式かは、自分のバイクを見れば分かります。 議論になっていた「ワイヤー式ディスク」の話は、現物の見方を知っていれば片が付きます。
- 右レバーの付け根を見てください。 そこにマスターシリンダー(レバーの動きを液圧に変える部品)が付いていれば油圧です。多くは油を溜めるリザーバータンクが一体になった小さな箱の形で、上面に「DOT4」などの刻印と覗き窓があります。タンクが離れた場所にある別体式もあるので、箱の有無だけで決めず、レバーの支点のすぐ内側にある本体を見てください。左レバーにも似た箱が付く車両がありますが、そちらは油圧クラッチのことがあるので、前ブレーキの確認は右で行います
- そこから伸びている配管を、終点まで目で追ってください。 機械式のケーブルにも黒い外被が付くので、色や太さでは判別できません。キャリパーのピストンにつながる配管か、カムを回すアームにつながるワイヤーか、という終点の違いで見分けます
- キャリパーがフォークのどちら側に付いているかも見どころです。いまのバイクはほとんどがフォークの後ろ側ですが、CB750FOURは前側に付いています。ホンダ公式サイトのK0の写真で確認できます。走行風による冷却を狙ったという説明がコメント欄にもありましたが、その効果を示す一次資料は見つけられませんでした
- 握り方を変えて試してください。 ゆっくり握力を上げていくと、いまのディスクは力に比例して効きが増していきます。この「比例して効く」感覚こそ、1969年に持ち込まれたものです
コメント欄から
この動画には83件のコメントをいただきました。当時を知る方どうしで意見が割れた場面があり、それがこの記事の出発点になっています。
ブレーキはディスクでも「ワイヤー」で動かしていたんだよね。そんなブレーキが効くとは思えないんだよ。
機械式だったなんて聞いたことないですし見たことありません。ホンダのホームページにあるK0の写真にも、油圧式の証であるブレーキマスターシリンダーがしっかり映ってますよ
この論争は、1969年の発表資料で決着します。 ホンダが発売前に出した資料に「制動効果が大きく、錆びない特殊合金ディスク、油圧作動方式」と明記されています。K0の前ブレーキは油圧です。
あわせて申し上げておくと、実際に乗られた方が「効かなかった」と記憶されていることと、油圧か機械式かは別の問題です。自己倍力の有無による手応えの違いが関係した可能性はありますが、当時の体験の原因を資料で特定することはできませんでした。ご指摘をきっかけに調べ直したことで、この記事の骨格ができました。
宗一郎さん曰く「誰がこんなデカいの乗るんだ?」だったとか、
いただいたコメントのうち、いちばん多くの「いいね」が付いていたのがこちらでした(2026年9月時点)。このやりとり自体は、ホンダの公式資料では確認できていません。 公式に確認できるのは、開発の動機がCB450の海外での苦戦にあったこと、そしてアメリカンホンダから「最高速度を200km/hに、0→400mの加速は13.2秒」という要求があったことまでです。社内の空気ではなく、市場からの要求が数字で残っているという点は、押さえておきたいところです。
この頃のディスクブレーキはヘタレで大容量のドラムブレーキより軽量化の意味がありましたね
実はこのディスクブレーキ、最初は評判が悪かったらしいです🙂。ソレまでのドラムブレーキの「カクっと効く」が無いから、当時のライダーは「効かない😫!」と「勘違い」したらしいです😅。
後者の指摘は、構造の説明と方向が合っています。 曙ブレーキ公式が書いているとおり、ドラムには自己倍力があり、ディスクにはありません。手応えの違いには、この倍率の差が関係していたと考えられます。ただし「勘違いだった」と言い切れるだけの当時の測定データは、こちらでも見つけられませんでした。前者の「軽量化の意味」についても、CB750FOURのディスクとドラムの重量を比較した資料が見つからず、確認できていません。
カワサキのゼッツーはCBより先に開発されてたし、並列4気筒でしかもSOHCじゃなくDOHCだった。発売直前にCBに出し抜かれて世界初の称号を奪われました。
このご指摘は、開発に携わった方の証言で裏が取れました。 専門誌に載った稲村暁一氏のインタビューに、こうあります。
性能的に見れば、排気量は750ccで十分であろうということで決定し、そのレイアウトはDOHC4気筒、これで行こうと開発に着手しました。ところが、エンジンとともに車体の方の煮詰めも相当進んだ頃、確か1968年でしたかな、モーターショーでホンダさんがCB750を発表されまして、一時開発がストップしてしまったんですな
後発に甘んじるわけにはいきませんでしたから。そこで、出来るだけコンパクトに、そして排気量は1100ccくらいまでカバー出来る要素を残しながら900ccをやるということで設計しなおしたわけです
もともと750cc・DOHC4気筒で進んでいて、CB750の発表で止まり、900ccに引き直した。 コメントの言う「先に開発されていた」「出し抜かれた」は、この証言と合致します。
いくつか補足しておきます。カワサキ公式サイトには、この計画変更の記述は見当たりません(Z50周年の公式サイトにあるのは「1967年、極秘のうちに開発が始まった」「5年の歳月をかけて1972年にZ1が完成した」まで)。一方ホンダ側の記録には「1967年10月までに、新しい大排気量車の概要が固まっていた」とあり、どちらの開発開始が先だったかを月単位で比べられる資料には、たどり着けていません。 また、コメントにあるZ2(750RS)はZ1の国内向けにあたる別の車両です。
昔のホンダのディスクブレーキ、雨の日は良い印象ないんだよね。
今のブレーキパットはフロントホークの後ろに付くのが当たり前ですがCB750FOURはフロントホークの前に付いてますよね。
キャリパーの位置は、ホンダ公式サイトのK0の写真で確認できます。 前側に付いています。冷却を狙ったという説がコメント欄で紹介されていましたが、その意図を示す一次資料には届きませんでした。見れば分かる事実と、理由の説明は、切り分けて扱うようにしています。
出典
引用元
- Honda 企業情報サイト ニュースリリース 1969年7月18日「ホンダ ドリーム CB750 FOUR ホンダ ベンリイ SL90 国内販売のご案内」(画期的なディスクブレーキ/制動効果が大きく、錆びない特殊合金ディスク、油圧作動方式/発売 昭和44年8月10日/全国標準現金正価 ¥385,000/月産計画3,000台/4サイクル・4シリンダー・4キャブレーター/最大出力67馬力):global.honda
- Honda公式 テクノロジー「CB750FOUR 常識を覆した量産二輪車初の並列4気筒エンジン」(1969年、Hondaは一般的な量産二輪車では世界初の並列4気筒エンジンを搭載する「ドリームCB750FOUR」の販売を開始した/67ps/8000rpm/最高速200km/h/ボア×ストローク61×63mm/初期販売価格38万5000円/開発の動機はCB450の海外市場での販売がいまひとつ奮わなかったこと):global.honda
- Honda公式 テクノロジー「先進ブレーキ」(バイクの量産車として初めてディスクブレーキを搭載した、1969年のDREAM CB750FOUR):global.honda
- Honda公式 CB Stories 1969「世界一を目指したモーターサイクル」(1968年2月に本格的な設計に着手/アメリカとカナダに輸出を開始したのは1969年4月/日本での販売は同年8月/アメリカンホンダの要望は最高速度を200km/hに、0→400mの加速は13.2秒/プロトタイプは1968年10月の東京モーターショーに出品):global.honda
- Honda公式(英語版)Heritage「The Dream CB750 FOUR / 1969」(開発目標の一つとしてProvide a braking system that is reliable and resistant to high loads by anticipating frequent rapid decelerations from high speeds/本田宗一郎の返答Well, of course we'll have to go with disc brakes./原田氏が渡米中にアフターマーケットのディスクブレーキに出会いthey had proved effective in the CB450/By October 1967, the outline for Honda's new larger cc model had been defined):global.honda
- Honda公式 CB MODELS「1969 Dream CB750 Four」(4ストロークOHC 4気筒750ccエンジンや、フロントディスクブレーキなどの先進技術は世界中のモーターサイクルファンに高い評価を得た):global.honda
- 曙ブレーキ工業公式「ドラムブレーキ」(ドラムの回転方向に押しつけられるリーディングシューは、回転により押しつけられる力がさらに強まるため、より強い制動力を発揮します。これがサーボ作用(自己倍力作用)と呼ばれる、ドラムブレーキの強い制動力を生み出す働きです/ドラムブレーキは、ディスクブレーキに比べ強い制動力を発揮します):akebono-brake.com
- JAF クルマ何でも質問箱「ディスクブレーキとドラムブレーキは何が違うのですか?」(ディスクは放熱性に優れているので、安定した制動力を確保できる/ドラムは放熱性が悪いというデメリット):jaf.or.jp
- webオートバイ 稲村暁一氏インタビュー(Z1開発)(確か1968年でしたかな、モーターショーでホンダさんがCB750を発表されまして、一時開発がストップしてしまったんですな/排気量は1100ccくらいまでカバー出来る要素を残しながら900ccをやるということで設計しなおした):autoby.jp
- Kawasaki Z 50th Anniversary 公式「BIRTH OF A LEGEND」(in 1967, in strict secrecy, development began/after five years of hard work, the Z1 was completed=1972年完成/the first In-Line Four in its class with DOHC, and displacing an unheard of 903 cm3):kawasaki-cp.khi.co.jp
確認できていないこと
- MVアグスタ600(1965年)のケーブル作動ディスク。英語圏の資料が伝えていますが、メーカー公式の記述では確認できていません
- 本田宗一郎の「誰がこんなデカいの乗るんだ」という発言(公式資料に記載なし)
- CB750FOURの登場がZ1の開発計画を変えたかどうか(カワサキ公式サイトに記載なし)
- キャリパーをフォーク前側に付けた理由(冷却を狙ったという説の一次資料)
- 当時の「効かなかった」という体験の原因。構造上の一般論は書けますが、個々の車両で何が起きていたかは特定できません
- Z1とCB750FOURの開発開始の先後(どちらも公式には1967年。月単位の比較ができる資料に届いていません)
- Z1の計画変更について、カワサキ公式サイトには記述がありません(確認できたのは開発関係者のインタビューです)
- 当時のディスクのパッド材質と、雨天時の効きの低下量を示す数値
- ディスクとドラムの重量差を示す当時の比較データ
本記事のチェックポイント
- CB750FOURの前ブレーキは最初から油圧。1969年7月の発表資料に「油圧作動方式」と明記されています
- ホンダ公式の表記は「バイクの量産車として初めて」。二輪車ぜんぶの中で初めて、とは書いていません
- 手応えの違いには、ドラムにあった自己倍力(セルフサーボ)の倍率差が影響した可能性があります。ただし当時の「効かなかった」という体験の原因までは特定できません
- ディスクにもレバー比とピストン面積比による増幅はあります。無いのは「回転を味方につける」増幅だけです
- ホンダ自身が記す開発目標は「高速からの急減速が繰り返されることを見越した、高負荷に耐えるブレーキ」でした
- 雨の日の効き始めの遅れはいまも残ります。走り出しに軽く当てて水膜を落とす習慣は有効です
- 油圧か機械式かは、右レバー付け根のマスターシリンダーと、配管の終点で見分けられます
