ターボの「2秒」は、何を待っている時間なのか──ホンダCX500ターボ
アクセルを開けてから過給が立ち上がるまでの間を、1982年のロードテストは「4,000〜5,000rpmで、スロットルを2秒ほど開け続けてから」と書いていました。待っていたのは時間ではなく排気の量です。冷えているとさらに遅れる理由、重い縦置きVツインが土台に選ばれた事情、そして日本では売られていなかったという事実を、ホンダ公式アーカイブと当時の実測記事で整理します。
「アクセルを開けたのに、しばらく何も起きない」
ターボ車に初めて乗った人が、よく口にする感想です。そして少し遅れて、待っていた以上の力がまとめて来る。この「間」を、1982年のサイクルワールド誌はこう書いていました。
boost doesn't begin until the engine is spinning at 4000 to 5000 rpm and the throttle has been held open for a couple of seconds.
(過給は、エンジンが4,000〜5,000rpmで回り、スロットルを2秒ほど開け続けてからでなければ始まらない)
条件が2つ並んでいるところが大事です。 「2秒経つ」だけでは足りず、「4,000〜5,000rpmで回っていること」が一緒に要る。つまり待たされているのは時間ではありません。タービンを回すだけの排気が出そろうのを待っています。
今回の主役はホンダCX500ターボ。496.9ccの水冷V型2気筒に、IHI製のターボを載せて82PS/8,000rpmを出したバイクです。ヤングマシンはこのターボを「量産用世界最小」と書いています。ホンダが1977年に出したGL500のリリースによれば、過給なしの同系エンジンは496ccで48PS/9,000rpm。最高出力どうしを比べれば、排気量を増やさずに約7割上乗せしたことになります。ただし8,000rpmと9,000rpmという、別々の条件での最大値どうしの比較です。この記事では、その82馬力にたどり着くまでの「2秒」の中身を見ていきます。
2秒のあいだ、何が足りていなかったのか
ターボチャージャーは、捨てていた排気の勢いで風車(タービン)を回し、同じ軸につながった圧縮機で空気を押し込む装置です。仕組みそのものはカワサキ750ターボの記事で図にしたので、ここでは回るまでの話だけをします。
風車である以上、吹く風がなければ回りません。 そして排気は、エンジンが回っていなければ出てきません。アイドリング付近のエンジンから出る排気は、量も少なく、勢いも弱い。だからアクセルを開けた瞬間には、タービンを回す材料がまだ手元にないのです。
ここからの順番はこうなります。アクセルを開ける → 燃える量が増える → 排気が増える → タービンの回転が上がる → 押し込む空気が増える → さらに燃える量が増える。自分の出した排気で自分を加速させる、追いかけっこの構造になっていて、この追いかけっこが軌道に乗るまでの助走が「2秒」の正体です。
だから、条件はもうひとつあります。空ぶかしでは、回転を上げても過給は立ち上がりません。 燃やす量を増やすには負荷が要り、排気の量は燃やした量で決まるからです。回転数・負荷・時間の3つがそろって、はじめて過給が乗ります。
IHIは自社サイトで、ターボチャージャーが約20万回転/分の高速回転と、約900度の高温のもとで働く部品だと説明しています。毎分20万回転級まで上がる金属のコマを、排気の風だけで加速させる装置だということです。助走が要らないほうが不思議だ、と考えたほうが実像に近いと思います。
だから、エンジンが冷えているときは、もっと待たされます
同じロードテストに、読み飛ばしそうな一文があります。
There is a slightly greater delay for boost to come on when the engine is first started because the exhaust temperature is still low.
(エンジンをかけた直後は、排気の温度がまだ低いため、過給が立ち上がるまでの遅れがやや大きくなる)
タービンが取り出せるエネルギーは、排気の量だけで決まりません。温度と圧力も効きます。 同じ量の排気でも、冷えていれば取り出せる分が減り、風車の立ち上がりが鈍る。乗り手の側からは「今日はなんだか付きが悪い」としか感じられない現象に、ちゃんと理由があるわけです。
CX500ターボの排気まわりには、熱を逃がさないための工夫が実際に入っています。 サイクルワールド誌は、排気管が短い二重壁構造で、しかも温度による伸び縮みを逃がすための継手が組み込まれていると記録しています。タービンに届く前に熱を失わせないための短い配管だ、ということです。
ホンダがCX500ターボに選んだのは、過給の状態に応じて燃料を吹く電子制御の噴射でした。 押し込む空気の量は、過給が効いているかどうかで刻々と変わります。そこに合わせ込むための装置です。
ただし「キャブレターでは不可能だった」という話ではありません。 同時期のヤマハXJ650ターボは、キャブレター仕様で市販されています(ヤングマシン)。ホンダが選んだのは、より細かく合わせられるほうだった、というだけのことです。
CX500ターボの制御コンピューターが見ているセンサーを、同誌が列挙しています。
Sensors determine engine speed, atmospheric pressure, manifold pressure, throttle opening, intake air temperature and the temperature of the engine coolant.
(センサーが、エンジン回転数、大気圧、吸気管圧力、スロットル開度、吸気温度、冷却水温度を測る)
大気圧と吸気管圧力を別々に測っているのがターボ車ならではで、同誌は「この2つから過給圧を計算しているため、このコンピューターは一般的なものより計算がいくつか多い」と書いています。
なお、この燃料噴射をめぐっては「電子制御FIの世界初はカワサキでは」という指摘が出て、返信を含めて6件のやり取りになっていました。これは的を射た指摘です。 ただ話が長くなるので、別の記事で条件を付けて整理してあります(バイクの燃料噴射「世界初」はどれか)。ホンダが名乗れるのは「ターボを制御するための電子制御燃料噴射を量産車に積んだ」という限定条件付きの初であって、燃料噴射そのものの初ではありません。
なぜ、よりによって重い縦置きVツインだったのか
取得したコメント64件のうち、重さやGLというベースに触れたものが6件。 なかでも2番目に支持を集めていたのが、この一言でした。
数字で見ると、指摘はそのとおりです。 ホンダの諸元で乾燥239kg、サイクルワールド誌の実測では571ポンド=約259kg。500ccとしては、相当に重い部類です。同誌の評価も辛口でした。
The Turbo is too big, too heavy, too expensive, and too complicated.
(ターボは、大きすぎ、重すぎ、高すぎ、複雑すぎる)
ではなぜ、その重い土台が選ばれたのか。 ここは資料が正面から答えていません。同誌自身が「なぜホンダがこの組み合わせを選んだのかは推測するしかない」と書いたうえで、「おそらくこのエンジンを使うという判断が先にあったのだろう」と続けています。理由は確認できていない、というのが正確なところです。
ただし、選んだ結果として何が起きるかは、ホンダ自身が書き残しています。 CX系のエンジンはクランクシャフトが前後方向を向いた縦置きで、そこからシャフトドライブで後輪へ力を送ります。重いクランクを勢いよく回そうとすると、その反作用が逆向きに車体へかかる。 回転軸が前後を向いていれば、その反作用は車体を左右に起こす向きに出ます。
そして、ホンダはこれを設計で潰しにいっていました。 1977年のGL500のリリースに、こう書かれています。
縦置きエンジン特有の回転反力はクラッチとドリプンギヤを逆回転させることによりほとんど解消している
(「ドリプンギヤ」はホンダの原文どおりの表記です)
逆向きに回る部品を用意して、反力を相殺する。 メーカーはこの癖を知っていて、対策を打ったうえで世に出していた、ということです。
ところが、実際に乗っていた方のコメントは、こうでした。
「ほとんど解消」は、ゼロではありません。 ホンダの表現自体が「ほとんど」で止まっています。どれだけ残っていたのかを示す数字には、今回たどり着けませんでした。 ただ、縦置きという配置が、乗り味に固有の癖を持ち込むこと自体は、メーカーが対策を明記するほどはっきりした話だったわけです。
そこへ、助走を要するターボを載せる。扱いにくさの評判には、それなりの土台があったことになります。
日本では、そもそも売られていませんでした
国内での販売や免許に触れたコメントは8件ありました。 まず、この話から確かめます。
ホンダ自身の製品アーカイブが、はっきり書いています。 CX500 TURBOの発表履歴は、1981年の「新規[輸出車]」と、1983年の「MMC(CX650 TURBO)[輸出車]」という2行だけです。どちらにも[輸出車]と付いています。
つまり日本国内向けには、正規に発売されていないということです。国内で見かける個体は、日本向けの正規販売によるものではありません。そして同じ表から、CX650ターボがまったくの別車種ではなく、CX500ターボのモデルチェンジとして登録されていることも読み取れます。コメント欄の「ホンダだけは2代出した」という記憶は、ホンダの整理では「1車種の世代交代」でした。
「日本の免許制度では乗れる人が限られた」という指摘もありました。
当時400ccを超えるバイクに乗るには限定解除が必要だったのは事実です。 ただしそれがホンダの輸出専用という判断の理由だったのかは、今回の取材では裏が取れていません。 コメント欄には「白バイより高性能なバイクは認可されなかったから」という説も複数ありましたが、こちらも一次資料に到達できませんでした。確認できたのは「輸出車だった」という事実のみで、その理由は書かれていない、というところで止めておきます。
コメント欄から:「関税のためのターボ」は、年表が合いません
1件だけでしたが、今回もっとも具体的で、もっとも説得力のある書き込みがこれでした。 要旨をまとめると、「アメリカが700cc超の輸入バイクに高い関税をかけたため、その回避策としてターボバイクが出された」という説です。
関税そのものは実在します。 アメリカ大統領布告5050号は、1983年4月15日に署名され、1983年4月16日以降に輸入される「総排気量700立方センチメートルを超えるエンジンを積んだオートバイ」に、初年度45パーセントの追加関税を課しました。
問題は日付です。
- CX500ターボは、ホンダ公式の製品アーカイブで1981年に新規登録されています(バイクブロスの車種カタログも1981年モデル)
- USITCが大統領へ調査結果(TA-201-47)を報告したのは1983年2月1日
- 関税の発効は1983年4月16日(大統領布告5050号)
救済の手続きが動き出すより前に、CX500ターボはすでに世に出ています。 制度ができる前に企業が先回りすること自体はありえますが、1981年の時点で1983年の関税を見越していたという証拠は、今回見つかりませんでした。
もうひとつ、正確を期しておきます。 この布告は700cc超のすべての輸入に一律45パーセントを課すものではありません。小規模生産者や日本向けに関税割当(一定数量までは低い税率)が設けられています。
では、この説がまったくの的外れかというと、そうでもありません。 1983年4月以降、日本メーカーが700cc以下のモデルを北米向けに用意した動きは広く知られています。ただしそれは関税の「後」の話であって、1981年のCX500ターボには当てはまらない。 年表を並べると、この線引きがはっきりします。
40年後、ホンダは「待たない過給」を出しました
コメント欄に、こういう一言がありました。
ホンダは2025年11月4日、V型3気筒に過給機を組み合わせた「V3R 900 E-Compressor Prototype」を公開しています。 公式リリースの表現は「二輪車として世界初の電子制御過給機の採用により」で、排気量900ccでありながら1200cc相当のパフォーマンスを実現し、低回転からハイ・レスポンスなトルクを実現する、とあります。
注目してほしいのは「低回転から」という言葉です。 CX500ターボが待っていたのは、タービンを回すだけの排気でした。電気でコンプレッサーを回すなら、排気が出そろうのを待つ必要がありません。 40年前に2秒かかった助走を、待たなくていいものに作り変えたというのが、この新型の要点です。
同じ「過給」という言葉でも、中身は別の解き方になっています。
いま、現物で確かめられること
- ターボ付きの四輪に乗っている方は、冷間始動の直後と、10分ほど走ったあとで、同じ踏み方をしたときの反応を思い出してみてください。 「暖まってからのほうが付きがいい」という感覚は気のせいではなく、排気温度がタービンの立ち上がりを変えていることの実感です。運転中に比べようとせず、日々の記憶をたどるだけで十分です
- クランクが前後を向いたバイク(BMWの水平対向やモト・グッツィ、ホンダのGL系)に乗る機会があったら、ニュートラルで軽くアクセルをあおってみてください。 車体が左右どちらかに起き上がろうとするのが分かります。面白いのは、同じ縦置きでも出方が違うこと。 ホンダはGL500で反力を打ち消す工夫を入れたと書いているので、その差そのものが確かめどころになります。必ずギヤがニュートラルに入っていることを確かめ、周囲に人のいない場所で、空ぶかしは短く
- 自分のバイクのエキゾーストパイプの長さを見てください。 ターボ車は、熱を失う前にタービンへ届けるために排気管を極端に短くします。NA車の長い取り回しと見比べると、「熱でタービンを回している」という設計思想が形として見えます
出典
引用元
- Honda 公式「バイク製品アーカイブ CX500 TURBO」(1981年 新規[輸出車]/1983年 MMC(CX650 TURBO)[輸出車]):global.honda
- バイクブロス 車種カタログ「ホンダ CX500ターボ」(1981年モデル/排気量496cc・V型2気筒・4ストローク/最高出力82PS/8,000rpm・最大トルク8.1kgf・m/5,000rpm/乾燥重量239kg/全長2,260×全幅720×全高1,345mm/燃料供給方式フューエルインジェクション/IHI製ターボ・NAのGL500は48馬力・輸出専用モデル):bikebros.co.jp
- Cycle World 1982年4月号「Honda CX500 Turbo」ロードテスト(過給は4,000〜5,000rpmでスロットルを2秒ほど開け続けてから始まる/始動直後は排気温度が低いため立ち上がりがより遅れる/最大過給圧19.3psi=約1.33barとホンダは説明/センサーはエンジン回転数・大気圧・吸気管圧力・スロットル開度・吸気温度・冷却水温度/大気圧と吸気管圧力から過給圧を計算するため演算が多い/短い二重壁の排気管に熱膨張用の継手/実測571ポンド=約259kg/ゼロヨン12.64秒・104.40mph、ハーフマイル最高速116mph/定価4,898ドル/大きすぎ重すぎ高すぎ複雑すぎ/なぜこの組み合わせなのかは推測するしかない):magazine.cycleworld.com
- WEBヤングマシン「'80年代は国産4メーカー全てがターボバイクを投入!──日本の名車100選」(CX500ターボ=1981年・496.9cc・82PS/8,000rpm/GL500の縦置きVツインをベースにIHI製の量産用世界最小ターボを搭載/'83年にCX650ターボへ進化/過給機が途絶えたのは当時の制御技術では優れたドライバビリティが提供できず、現代ほど省燃費とも言えなかったため):young-machine.com
- Honda 公式ニュースリリース「ホンダ ウイング GL500」(1977年12月9日/V型2気筒・4サイクル・縦置/総排気量496cc・最高出力48PS/9,000rpm/縦置きエンジン特有の回転反力はクラッチとドリプンギヤを逆回転させることによりほとんど解消している/シャフトドライブ機構、水冷エンジン、FVQダンパーなどの採用):global.honda
- IHIターボサービス 公式「ターボチャージャーとは?」(約20万回転/分・高温下=約900度で作動する精密部品):ihi.co.jp
- The American Presidency Project 収録 米国大統領布告5050号(1983年4月15日署名/1983年4月16日以降の輸入に適用/対象は総排気量700立方センチメートル超のエンジンを積んだオートバイ/初年度45パーセントの従価税追加):presidency.ucsb.edu
- Honda 公式ニュースリリース「<EICMA 2025>電子制御過給機付き新型V型3気筒エンジン搭載『V3R 900 E-Compressor Prototype』を初公開」(2025年11月4日/二輪車として世界初の電子制御過給機/排気量900cc/1200cc相当のパフォーマンス/低回転からハイ・レスポンスなトルク):global.honda
確認できていないこと
- なぜホンダがGL/CX系の縦置きVツインをターボの土台に選んだのか。 サイクルワールド誌自身が「推測するしかない」と書いており、ホンダ側の説明にはたどり着けませんでした
- CX500ターボが輸出専用だった理由。 ホンダの資料は[輸出車]という事実を記すだけで、理由は書かれていません。コメント欄にあった「白バイより高性能な車両は認可されなかった」という説は、一次資料で確認できませんでした
- 動画で述べた「2秒のラグ」の出どころ。 記事で引いたサイクルワールド誌の記述は「4,000〜5,000rpmで2秒ほど開け続けてから」という条件付きのもので、どんな場面でも2秒待たされるという意味ではありません
- 総生産台数。 2,833台という数字を複数の場所で見かけましたが、ホンダの公式資料では確認できませんでした
- 過給なし版の出力。 バイクブロスはGL500を48馬力としていますが、50hpと記す英語資料もあります。市場や測定基準の違いと思われますが、確定できていません
- 動画で述べた「800℃を超える排気熱」という数字。 独自に確認できなかったため、本記事ではIHIが自社サイトで示している一般的なターボチャージャーの条件=約900度を引きました
- 打ち消しきれずに残る回転反力の大きさ。 ホンダの表記は「ほとんど解消」で、残量を示す数字には到達できませんでした。 コメント欄の体験談は、CX500ターボではなくGL400Cのものです
- 冷却方式の表記。 ヤングマシンは「空冷」と書いていますが、ホンダ自身のGL500リリースに「水冷エンジン」と明記されており、サイクルワールド誌も制御用センサーに「冷却水温度」を挙げています。本記事は水冷として扱いました
本記事のチェックポイント
- 待たされているのは時間だけではありません。 十分な回転数と負荷がそろって排気が出そろい、そこからタービンが加速するまでにも時間がかかります
- タービンが取り出せるエネルギーは、排気の量だけでは決まりません。 温度と圧力も効くので、冷えているあいだは立ち上がりが鈍ります
- 最高出力で見ると、GL500の48PSに対して82PS。 ただし9,000rpmと8,000rpmという別々の条件での最大値どうしの比較です
- 日本では正規に発売されていません。 ホンダ公式アーカイブの表記は1981年も1983年も[輸出車]でした
- 縦置きの回転反力は、ホンダが自分で対策していました。 GL500のリリースは「クラッチとドリプンギヤを逆回転させることによりほとんど解消している」と書いています
- 「関税回避でターボを出した」という説は、CX500ターボには当てはまりません。 救済の調査報告は1983年2月、発効は同年4月16日で、いずれも2年近くあとの出来事です
- 過給そのものは終わっていません。 ホンダは2025年11月、二輪車として世界初をうたう電子制御過給機付きのV型3気筒を公開しています
